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河合が、ワンピースを持ってきた。
淡い色で、膝が隠れる丈で、袖が少しふくらんでいる。河合の従姉のものだと言った。
真崎の部屋で、あたしはそれを着た。
鏡を見た。
◇
スカートを最後に穿いたのは、中学一年のときだ。
背が伸びて、髪を切って、部活で女子から「かっこいい」と言われるようになった。そのころから、あたしは自分で選んで、その形になった。誰かに強制されたわけじゃない。楽だったからだ。「かっこいい先輩」でいれば、誰にも本音を訊かれない。
手首を壊して、バレーがなくなって、後輩たちが消えて、あたしに残ったのは、その形だけだった。
鏡の中の自分は、その形をしていなかった。
嫌だ、と思うつもりだった。
でも、思わなかった。
嫌じゃなかった。
それが、いちばん、こわかった。
◇
「……みずき」
真崎が、小さく言った。
「なに」
「似合ってる」
「やめろ」
河合は何も言わなかった。ただ、あたしを見ていた。
◇
駅前で、ひなと待ち合わせた。真崎と河合は、少し離れた場所から見ていることになっていた。
ひなは、いつもより五分早く来ていた。
あたしを見て、立ち止まった。
それから、しばらく、何も言わなかった。
あたしは、その沈黙を待った。ここで冷めるはずだった。目が泳いで、「あ、その、」と言って、少しずつ距離が開いていく。前の子たちがそうだったように。
ひなは、言った。
「先輩、それもいいです」
「……は?」
「でも」
ひなは、まっすぐこっちを見た。
「先輩がいちばん楽な格好が、いちばんいいです。あたし、ずっと、先輩の中身しか見てないので」
◇
「中身って、何」
声が、少し掠れた。
ひなは、少し考えてから、話しはじめた。
「中三の冬、この学校の見学に来たんです。親と受験のことで揉めてて、体育館の裏で、ひとりで泣いてました」
「……」
「そしたら、練習の途中の先輩が来て、水を持ってきてくれて。隣に座って、五分くらい、何も言わないでいてくれました。それで、練習に戻りました」
覚えていなかった。
本当に、何ひとつ、覚えていなかった。
「それで、この学校にしました」
ひなは、笑った。
「先輩は、覚えてないと思います」
「覚えてない」
「知ってます。覚えてなくていいです」
◇
手首を壊して、あたしにはもう何も残っていないと思っていた。
でも、その五分は、手首が壊れる前のあたしがやったことで、壊れたあとも、消えていなかった。あたしが忘れていても、この子が持っていた。
かっこいい先輩じゃなくても、残るものがあった。
それを、この子が教えに来た。
◇
「……明日、部活ないよね」
「え」
「一緒に帰る?」
ひなは、一秒くらい固まって、それから、大きな声で「はい」と言った。駅前の人が、何人か振り返った。
◇
真崎と河合が、物陰から出てきた。
真崎は、笑っていた。心の底から楽しそうだった。
河合も、笑っていた。
「よかったね」
そう言った河合の右手が、握られているのを、あたしは見た。
四月から、ずっと見ていたのと同じ手だった。
あたしは決めた。
明日、河合に言う。
コメント
1件
第11話、じんわり沁みました……。 「嫌じゃなかった。それが、いちばん、こわかった」——この一文に、主人公がずっと鎧を着て生きてきた重みが全部詰まってるなって思います。 ひなちゃんの「中身しか見てない」は、あの場面だからこそ刺さる言葉ですね。覚えていない五分間が、誰かの人生を変えていた——それって、物語の優しい奇跡みたいで。 最後の河合さんの手、握られてたんですね。明日、言うんでしょうか。次が楽しみです🤍