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夜。
時計の針は、もう日付が変わる少し前を指していた。
リビングの明かりはついたまま。
テレビは消えているのに、誰も消しに行かない。
らんはソファの端で、ぼんやりと自分の手を見ていた。
昼間、校門を越えた手。
さっき、いるまの袖をつかんだ手。
同じ手なのに、少し違う気がする。
「……いるま」
小さく呼ぶ。
キッチンの方から、
「なんだ」
すぐに返事がくる。
それだけで、胸の奥が少しあたたかくなる。
「まだ、起きてたの」
「水」
短い答え。
グラスに水を入れる音。
氷が、からん、と鳴る。
その音を聞いてるだけで、落ち着く。
変なの、って思う。
前は、音が怖かったのに。
今は、いるまの立てる音は怖くない。
「寝ないのか」
グラスを持ったまま、いるまが戻ってくる。
「……もうちょっとだけ」
らんは視線を上げない。
「なんか」
言葉を探す。
「今日、終わらせるのもったいない」
いるまが少しだけ眉を動かす。
「終わるぞ、普通に」
「知ってる」
らんは小さく笑う。
「でもさ」
少し間をあけて。
「がんばった日の終わりって、静かすぎて」
いるまはソファの反対側に座る。
昼と同じ位置。
でも、少しだけ近い。
「静かなのが嫌か」
「嫌じゃない」
らんは首を横に振る。
「でも、ひとりだった頃の静かさと似てて」
その言葉の意味は、説明しなくても伝わる。
数秒。
それから。
とん、と。
いるまの足が、らんの足に軽く触れる。
わざとじゃないみたいに。
でも、避けない。
「……いるま」
「なんだ」
「足」
「あるな」
「そうじゃなくて」
らんは少し笑う。
でも、離れない。
いるまも、離さない。
それ以上は触れない。
触れないけど。
“いる”って分かる距離。
「今日さ」
らんが言う。
「帰ってきたとき、“おかえり”って言ってくれたじゃん」
「ああ」
「なんか」
言葉が少し詰まる。
「ちゃんと帰ってきていい場所なんだなって思った」
いるまはすぐには答えない。
代わりに、水を一口飲む。
「帰ってきただろ」
それだけ。
でも。
らんの目が少しだけ潤む。
「ぼくさ」
「うん」
「また、行けるかな」
“学校”とは言わない。
でも分かる。
いるまは視線を前に向けたまま言う。
「今日よりは、楽になる」
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れちゃむ
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「ほんとに?」
「保証はしない」
正直な答え。
「でも」
少しだけ間を置いて。
「今日のことは消えない」
らんはその言葉を、胸の中で繰り返す。
消えない。
失敗しても。
怖くなっても。
今日の一歩は、なくならない。
「ねえ」
「なんだ」
「もうちょっとだけ、ここいていい?」
いるまはため息をひとつ。
でも。
「勝手にしろ」
断らない。
らんはソファの背もたれに体を預ける。
足が、まだ少し触れてる。
その小さな接触が、
“ひとりじゃない”って教えてくる。
触れすぎない。
でも、離れない。
境界線の上の、ぎりぎりの距離。
時計の針が、また少し進む。
静かな夜。
でも。
前の静けさとは、違う。
となりに、ちゃんと誰かがいる音がする。
これ、ちゃんとかんけつするかな~?