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若井は、少しだけ笑った。でもそれは、場を和ませるための笑いじゃなかった。
「……俺もさ」
涼ちゃんの方は見ない。
視線は床に落ちたまま。
「最近、元貴にとって俺も同じなんだと思ってた」
「話してても、どこか上の空でさ」
一拍、間が空く。
「三人でいるのに、二人と一人、みたいな」
涼ちゃんの指が、ぴくっと動いた。
「……若井も?」
「うん」
即答だった。
「だからさ」
若井は軽い調子を装って、肩をすくめる。
「もうさ、いっそさ」
「二人でバンドやめて、逃げ出そうよ」
冗談みたいな口調。
でも、声は冗談じゃなかった。
「どっか行ってさ」
「誰も俺らのこと知らない場所で」
「名前も変えてさ」
涼ちゃんが、ゆっくり若井の方を見る。
初めて、天井じゃなく。
「……冗談?」
若井は少しだけ黙ってから、正直に言った。
「半分は」
「でも、半分は本気だよ」
ベッドの上で、涼ちゃんが小さく息を吸う。
「……逃げても」
「俺、役に立たないよ」
その言葉に、若井の眉が強く寄った。
「役に立つとかじゃない」
「一緒にいるかどうかだろ」
涼ちゃんは、困ったみたいに笑った。
泣きそうで、でも泣かない顔。
「……それ、元貴に言ったら怒られる」
「怒らせとけばいいじゃん」
若井は初めて、はっきり涼ちゃんを見る。
「元貴の人生じゃない」
「俺らの人生だ」
しばらく、何も言葉がなかった。
沈黙は重いけど、さっきより冷たくない。
「……逃げたら」
涼ちゃんが、弱く言う。
「……楽に、なるかな」
若井は、少しだけ考えてから答えた。
「分かんない」
「でもさ」
一歩、距離を詰めて。
「今より苦しくなるなら、俺が止める」
「今より楽になるなら、俺が一緒に逃げる」
涼ちゃんの喉が、かすかに鳴った。
「……ずっと?」
「ずっと」
即答だった。
涼ちゃんは、ゆっくり目を閉じた。
そして、ぽつりと落とす。
「……じゃあさ」
「今日だけ……その話、信じてもいい?」
若井は、何も言わずにうなずいた。
逃げる話は、まだ夢のまま。
でもその夜、涼ちゃんは久しぶりに
「一人じゃないまま」眠りに落ちた。