「既にお聞きしていましたが、ラルード様も下に兄弟がいたのですね」
「ええ、そうなんですよ」
客室に来た私は、ラルード様とお茶していた。
議題になったのは、弟と妹のことである。私もラルード様も、下に兄弟がいるという共通点があるのだ。
「アノテラさんの弟さんと妹さんは、双子でしたよね?」
「はい、そうなんです。私とは随分と年が離れていますけど……」
「確かにそうですね。結構、年齢差があるみたいで……」
「私から長らく子宝に恵まれなかったんです。父と母にとっては、念願の後継ぎでもありましたし、二人が生まれた時はそれはもうすごい喜びようでした。玉のように可愛がっていますよ」
私の弟であるイグルと妹のウェレナは、父と母にとってやっとの思いで生まれた子達だった。
そのため、二人はかなり愛されている。跡継ぎのイグルはもちろん、ウェレナも両親にとっては同じくらい愛おしい存在であるらしい。
もちろん、私にとっても可愛い弟と妹である。少し生意気な所もあるけれど、そういう所も含めて愛おしい存在だ。
「……もしかして、アノテラさんとしては少々複雑ですか? 疎外感などを覚えたりとか……」
「え? ああ、いえ、そういうことは全然ないんです。まあ、年が離れているからか、特に不和もなかったんでしょうね?」
可愛がられる下の子に嫉妬するという話は、よくあるものだ。
しかし、私はそんなことは思わなかった。既に両親に構ってもらいたいと思うような年では、なかったことがその要因なのかもしれない。
「そうですか……いや、実は家は色々とありましてね」
「あ、そうなんですか?」
「ええ、妹ができた時に……初めての女の子だったからなのか、父がそれはもう入れ込んで。僕も弟も……特に弟の方が」
「なるほど、まあ、ラルード様の方は年が近いですからね……」
ラルード様は、昔を懐かしむような目をしていた。
先程見たからわかっているが、エンティリア伯爵家には不和はない。つまり、それらの色々と乗り越えてきたということなのだろう。
その家族の仲に、私はこれから入ることになる。上手くやっているかが、少々心配だ。
「まあ、僕にとっては二人とも大切な弟と妹です……きっと、アノテラさんも二人とは仲良くなれると思いますよ」
「そ、そうでしょうか?」
「ええ、雰囲気の話ですから、曖昧になってしまいますがきっと大丈夫です」
私の心の憂いを見抜いたのか、ラルード様はそのような言葉をかけてくれた。
そのおかげで、少し安心できた。本当にラルード様は、優しい人だ。
「……おや」
「あら? 雨、ですね……」
ラルード様と話していた私は、雨音を聞いて外を見た。
先程から少し暗くなっているとは思っていたが、どうやら本格的に降り始めてしまったらしい。
雨の勢いは、徐々に増していっている。これは帰り道が、少し心配だ。
「かなり降っていますね……」
「そうですね……帰るまでに止んでくれるといいんですけれど」
「……残念ですが、この勢いだとそれは難しいでしょうね」
「ええ」
「もしよろしかったら、こちらに泊まっていきませんか?」
「え?」
私が不安そうな顔をしていたからか、ラルード様は少し大胆な提案をしてきた。
もちろん、雨の中を移動するのはかなり辛いのでその提案自体はとてもありがたい。ただ、いきなり婚約者の家に泊まるというのは、少々気が引けてしまうのだ。
しかしながら、私は窓の外を見て確信する。この雨が今日中に止むことはないと。それなら、泊めてもらった方が賢明である気もする。
「その、本当にいいんですか?」
「ええ、もちろんです。父も母も反対しませんよ」
「すみません。それなら、お世話になります」
私はラルード様に、深く頭を下げた。
すると彼は、困惑したように首を振る。
「そんなにかしこまらないでください。僕は当然の提案をしたまでです」
「当然の提案……」
「ええ、女性が――それも婚約者が困っているというのに助けないなんて、そんなのは紳士の行動ではありませんから」
「紳士、ですか……」
ラルード様は少し遠慮がちに、それでも誇りを持って言葉を発していた。
紳士、彼はそれを目指して立ち振る舞っているのだろう。それはなんというか、とても立派なことであるように思える。
「お気遣い、感謝します。ラルード様」
「アノテラさん……いえ」
私は、彼に対して再度頭を下げた。
しかしそれはあくまで、感謝の礼だ。申し訳なさではなく、彼の気遣いへの感謝を表明するのが、この場では正しい立ち振る舞いであるような気がする。
彼が紳士であるならば、私は淑女であるべきだ。そう思って、私は自分の行動を改めた。
「……美しいですね」
「え?」
「すみません。でも、今のアノテラさんの表情は、とても美しかった。そう思ったんです……ああ、アノテラさんは、いつも美しいですけれど、ね?」
そこでラルード様は、少し頬を赤くしながらそんなことを言ってきた。
私は、彼からゆっくりと目をそらす。正直言って、すごく恥ずかしかったのだ。
ただもちろん、嬉しいとも思っていた。彼からの称賛の言葉に、私は密かに喜ぶのだった。
◇◇◇
父親であるザルパード子爵に呼び出されたガラルトは、不機嫌そうな顔をしていた。
その表情の理由は、父親から言われたことにある。ザルパード子爵は、ガラルトとロナメアの婚約を破談にしたいと言ってきたのだ。
「父上、僕はあなたが何を考えているのかがまったくもって理解できません。何故、ロナメアとの婚約を破談にするのです。彼女は、セントラス伯爵家の令嬢ですよ。これは父上にとっても、いい話ではありませんか」
ガラルトは、自らの行動がザルパード子爵家の利益にも繋がると思っていた。
自分より地位が上の貴族との婚約、それをもたらしたことに感謝されると思い込んでいた彼にとって、父親の言葉は信じられないものだったのだ。
「ガラルトよ。セントラス伯爵は曲者だ。あの男が、このザルパード子爵家に入り込めば、この家が取り込まれかねない」
「……どういうことですか?」
「傀儡にされると言っているのだ。あの男は、我々に利益をもたらしてはくれない。吸い取るだけ吸い取って、いらなくなったら切り捨てるつもりだ」
ザルパード子爵は、セントラス伯爵をかなり警戒していた。
この婚約が成立したら、自分の地位が失われるとさえ、子爵は思っていた。彼は心のどこかで、伯爵に勝てないと感じていたのだ。
しかし、それはガラルトにとっては理解できないことだった。傀儡にされる。自信なさげにそういう父に、彼は失望さえ感じていた。
「父上、情けないことを言わないでください。僕はロナメアのことを愛していますが、このザルパード子爵家の次期当主です。それは弁えている。セントラス伯爵家の好きにさせるつもりはありません。あくまで、ギブアンドテイクの関係にしてみせますよ」
「お前如きに、そんなことができる訳がなかろう。言っておくが、お前は既に一つの婚約を駄目にしたのだぞ? 我々にとって重要な信頼を失わせたのだ。それがどれだけ愚かな行為であるかもわかっていないくせに、知ったような口を聞くんじゃない!」
「なんと……」
父親からの叱責に、ガラルトは露骨に機嫌を悪くしていた。
情けなく弱い父親、彼の中でザルパード子爵の評価は一気に落ちていった。
これからは、やはり自分がザルパード子爵家を引っ張っていかなければならない。ガラルトの中では、そのような結論が出ていた。
「父上、知ったような口を聞いているのはあなたの方です。僕はこれでも、自分は優秀であると自負しています。この婚約で、ザルパード子爵家に多大な利益をもたらしてみせますよ」
「ま、待て……」
父親からの制止も聞かず、ガラルトは部屋から出て行った。
彼は、本当に信じていたのだ。この婚約は、ザルパード子爵家にとっても素晴らしいものであると。
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