テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
春の風は、だいたい何かを始めさせる。
窓際の席で、わたしはぼんやり校庭を見ていた。桜は半分くらい散っていて、風が吹くたびに花びらが舞う。きれいだけど、少しだけ寂しい。
「また外見てる」
後ろから声がして、振り向くと、きみがいた。
同じクラスになったのは今年が初めてなのに、なぜかずっと前から知ってるみたいな顔で笑う人。くしゃっと目尻が下がる、その笑い方がずるい。
「別に。なんとなく」
「なんとなくって顔じゃないけど」
きみはわたしの前の席に座って、机に頬杖をつく。距離が近い。ちょっと近すぎる。心臓がうるさい。
「今日、部活ないんだよね?」
「うん」
「じゃあさ、帰りコンビニ寄らない? 新作のアイス出たらしいよ」
どうしてそんなに自然なんだろう。
どうしてそんなに、当たり前みたいに誘うんだろう。
わたしは少しだけ迷うふりをしてから、「いいよ」と言った。本当は、迷う理由なんてなかった。
放課後の道は、昼間よりも少しだけ自由だ。
制服のまま歩く帰り道。信号待ちで並んだとき、きみの肩がふと触れた。
たったそれだけで、世界が一瞬止まったみたいになる。
「寒い?」
「え?」
「なんか震えてる」
「震えてないし」
強がったら、きみは笑った。
コンビニでアイスを選びながら、きみは真剣な顔で悩んでいる。
「人生ってさ、こういう選択の積み重ねだと思うんだよね」
「アイスで?」
「アイスで」
ばかみたい。でも、楽しい。
外に出て、二人でベンチに座る。アイスのふたを開ける音がやけに大きく聞こえた。
「さ」
きみが急に真面目な声を出す。
「ん?」
「なんかさ、最近ずっと思ってたんだけど」
その横顔は、いつもより少しだけ緊張して見えた。
風が吹く。
アイスが少し溶ける。
時間が、ゆっくりになる。
「俺、たぶん……いや、たぶんじゃない」
きみは一度深呼吸して、まっすぐわたしを見る。
「好きなんだと思う。さのこと」
心臓が、ちゃんと音を立てて壊れた。
知ってた。
もしかしてって、ずっと思ってた。
でも、言葉になると、こんなにも世界が変わるんだ。
わたしはしばらく何も言えなかった。
でもね、本当は。
「わたしも」
声は小さかったけど、ちゃんと届いたみたいだった。
きみの目が、ゆっくり細くなる。
「よかった」
その二文字だけで、全部報われた気がした。
帰り道は、さっきと同じはずなのに、少しだけ明るい。
触れそうで触れない距離が、もどかしくて、愛しい。
桜はもうほとんど散っていたけれど、
たぶんこれは、ちゃんと始まりだった。
春の風は、やっぱり何かを始めさせる。
今度は、わたしたちの番だった。