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相槌がないと、不安になる柚の気持ちを見抜いたのだろうか。 声が途切れるたびに優陽は頷いてくれる。それが合図のように次々と言葉が出てきてしまう。
「〝ああ、あの雨の日の人! 風邪引かなかったか?〟 って、私を覚えて……くれていて」
「……ふーん、なるほどねえ」
「私、地味だし、特徴もないし面白味もない。人の記憶に深く残れない自信だけは昔からあるから驚いて」
ドン底の柚は、この人の笑顔のそばにどうしてもいたいと。そんなことを強く思えた。いつだって流されるままの自分が、強く望んだ居場所だった。
「はい、到着……っと」
緩やかにブレーキがかかり、車が停車する。
景色を見れば、柚の住むアパートが数メートル先にあった。
「あ、長々と話してすみません、ありが……」
「ねえ、それって、もしも」
優陽にしては、珍しい。語尾をきつく言い放ち、柚の声を遮った。そうして向けられるのはこちらを射抜くような視線だ。
「航平の立場が俺だったとしても、君、好きになってたんじゃないの?」
「……え」
まぬけな声を発したまま固まっていると、今度は「はあ……」と、大きな溜息をつき、優陽はハンドルに手をかけたまま、その顔を埋めてしまう。
「……違う、これは、ごめん、嫌な言い方したね」
「い、いえ」
「うん、結局君の、その純粋な恋を利用させてもらうことに変わりはないからね。余計なこと言った」
顔を上げ、次にはまっすぐに柚を見た。
「利用、って……そんな。 私のメリットを作ってくれてるのは優陽さんで、今日も」
「うん、ありがとう」
優しい声のはずなのに、胸を締め付けられるほどに切なくなるのはどうしてだろう。
頼りなく下げられた眉。 上がりきってない口角。この二日、何度も見た胡散臭い笑顔が見えない。
「どうして、そんなに悲しそうなんですか」
「……え?」
刹那、しまった。 と、思った。
空気が途切れる音がする。
『踏み込んで』しまった時の、音。
余計なことを言った時の空気を、柚は嫌というほどに知っている。そのあとの恐怖だって知っているのに。
(怒らせてしまう)
咄嗟に思う自分にはもううんざりだ。何度思ったことだろう。