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俺の名前はゲン。中世代、村育ちの三十三歳だ。
歳だけ聞けば、立派な大人らしい。だが中身はどうだろうな。最近じゃリンのやつに「なんか臭い」と言われる始末だ。
臭い、だぞ。
昨日も風呂代わりの川浴びをしてきたばかりだってのに、だ。
「最近ちょっと、親父臭い」
そう言って鼻をつまむ仕草までされた。あれは地味に効く。胸にくる。
自分の匂いなんて、自分じゃわからない。腕を上げて嗅いでみたが、俺にはいつもの俺の匂いしかしない。汗と土と薪の煙。それが俺だ。村の男は皆そうだ。
だがリンは違うらしい。あいつは妙に鼻が利く。
俺が本当に親父臭くなったのか。それとも、ただからかわれているだけなのか。
……まあ、どっちでもいい。
愛されていれば問題はない。問題はないのだ。
そう自分に言い聞かせるが、胸の奥にわずかに引っかかる棘みたいなものは消えない。
ソウが生まれてから、日々は目まぐるしく過ぎていく。
朝は薪を割り、畑を見て、狩りに出る。戻ればリンが怒鳴り、ソウが泣く。抱き上げれば笑い、泣き、眠る。夜は泥のように眠る。
気づけばまた朝だ。
時間というやつは、いつからこんなに速くなったんだろうな。
昔は一日が長かった。日が沈むまでが果てしなく思えた。だが今は違う。まるで流れる川のように、止まることなく俺を運んでいく。
実感はない。ただ、過ぎ去っていく。
それでも俺は思う。
何千年でも生きてやる、と。
根拠はない。ただの願望だ。だがそう思っていると、本当にそんな気がしてくるから不思議なものだ。
何千年も生きるつもりでいると、今日の小さな悩みなど、砂粒みたいなものに思えてくる。
リンに臭いと言われた?
だからなんだ。
時間が早い?
それがどうした。
長く生きるつもりなら、いちいち一喜一憂していられない。
悩む暇があるなら薪を割れ。憂う暇があるなら腹を満たせ。
一日、飯を食って、働いて、眠る。
それだけでも十分だ。
それだけでも、人は幸せになれる。
……たぶん、な。
まあ、結局何が言いたいかって?
今日は村の少し先にある森まで歩こうと思う、というだけの話だ。
理由なんて特にない。強いて言えば、川の流れを見ながら頭を空っぽにしたい気分になったからだ。
俺は川のほとりに腰を下ろし、石を拾って水面に投げる。
ぽちゃん。
輪が広がる。
その広がりをぼんやり眺めながら、俺はさっきから一人でぶつぶつ喋っていたらしい。
「……何千年か。はは、笑えるな」
独り言は、川に吸い込まれていく。
と、そのとき。
「ゲンの旦那ぁ」
背後から間延びした声が飛んできた。
「誰に向けて川のほとりでベラベラ喋ってるんですか。精霊とでも会話してるんで?」
振り返ると、見慣れたモヒカン頭が立っている。
サブだ。
無駄に体格がよく、無駄に声がでかく、無駄にモヒカンがある、そして無駄に愛嬌がある男だ。
「うるせぇな。考え事だ」
「考え事ぉ? 旦那が? 珍しいこって」
「殴るぞ」
「やめてくださいよぉ。せっかく散歩に誘ってくれたのに」
サブは肩をすくめながら笑う。
こいつは20代前半、モヒカンが鋭く尖ってるのが象徴的だ。そのモヒカンも昔から変わらない奴がそばにいると、時間が流れているのか止まっているのか、わからなくなる。
……それも悪くない。
「行くぞ」
「どこへ?」
「森だ。村の先のな」
「なんか出ますかねぇ」
「出たらお前が前だ」
「ひどいッス!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐサブを連れて、俺は歩き出す。
森へ続く小道は、昼の光を受けて静かに揺れていた。