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村を抜けた先、深い森林へと続く獣道を、二つの影が進んでいた。 背丈ほどもある草を分け、踏み固められた細い道を、ゆっくりと一定の歩幅で。
ゲンとサブである。
朝露を含んだ空気が肺に流れ込む。
ひやりと冷たいが、胸の奥を静かに洗い流すように澄んでいて、自然と呼吸が深くなる。森そのものが、生き物のように脈打っているのがわかる。
踏みしめる土は柔らかく、落ち葉は湿り気を帯び、足音を鈍く吸い込む。
枝葉の擦れ合うかすかな音、遠くで鳴く小鳥の声、鼻先をかすめる青草と湿った土の匂い。
それらすべてが、この森が確かに生きているという証だった。
ゲンは無言のまま歩きながら、ふと隣に目をやる。
視界の端に入った瞬間、森の調和を乱す異物がそこにあった。
異様なまでに天を衝く“トサカ”。
まるで闘鶏の王者のように、中央へ向けて鋭く盛り上がったモヒカン。
湿気にも風にも負けず、堂々と直立し、揺るぎない自信でもあるかのようにそそり立っている。……なんであれが倒れねぇんだ
森の静謐と、あまりにも不釣り合いな存在感。
自然の中で、そこだけ人工物のように主張している。
思わず手が伸びた。
ぐしゃり、と遠慮なく握りつぶす。
「な、何ッスか!? おれっちの頭になんか恨みでもあるんすか!?」
サブは慌てて両手で髪を中央へ寄せ、器用に整える。
指先の動きは慣れたもので、乱れた毛束はすぐに再び天へと立ち上がった。
「いや、別に。ただ無性にムカついただけだ。」
「理由になってないっスよ!?」
再び視界の端で逆立つトサカ。
元通りになったそれが、妙に腹立たしい。
……むしり取りてぇ
自分でも驚くほど、苛立ちが湧いてくる。
理由はない。ただ、何かが引っかかる。
森が静かすぎるせいか。
それとも――本能が、何かの接近を察しているのか。
「ゲンの旦那……なんか今日、目が怖いっスけど」
サブが半歩、わずかに距離を取った。
その足の動きとほぼ同時だった。
――ガサッ。
茂みの奥で、何かが擦れた音。
空気が一瞬で張り詰め、森の温度が下がったように感じる。
二人の動きが止まる。
呼吸だけがやけに大きく響く。
風が止み、鳥の声が消える。
さきほどまであった森の気配が、嘘のように引いていく。
視線の先、茂みがゆっくりと揺れる。
葉の隙間から差す光の中に、まず見えたのは“羽毛”だった。
陽光を受けて鈍く光る、灰褐色の羽毛。
微かに揺れ、それがただの鳥ではないと直感させる。
やがて、全身が姿を現す。
大地の翼だった。
鳥に似ている。
だが、決定的に違う。
前肢は大きく広がり、羽のように発達しているが、その先には鋭い鉤爪が潜んでいる。
装飾ではない。獲物を裂くための構造だ。
後ろ足は異様に発達し、筋肉が盛り上がり、地面を掴むように二本で立っている。
体を支えるというより、いつでも跳躍できるように構えている。
首はしなやかに揺れ、ゆっくりと傾いた。
そして琥珀色の瞳が――まっすぐに、二人を射抜く。
その視線には迷いがない。
値踏みするような、計算するような光が宿っている。
鳥のような恐竜。
だが、その目は明確に捕食者のものだった。
低く、喉の奥で震えるような音が響く。
空気を震わせるその音は、警告か、それとも宣告か。