テラーノベル
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「この本は、返さなくてもいいんですか?」
そう尋ねると、司書は静かに微笑んだ。
「ええ。でも、読み終えた頃には、きっと返したくなります」
その図書館は、街のはずれにひっそりと建っていた。
大きな時計も、派手な看板もない。
木の扉には、小さくこう書かれている。
『あなたに必要な一冊があります。』
私はその言葉に惹かれて、中へ入った。
古い木の床は歩くたびに小さく音を立て、本棚には天井まで本が並んでいる。
紙の香りと、窓から差し込むやわらかな光。
まるで時間だけが、ゆっくり流れている場所だった。
「何かお探しですか」
司書が声をかける。
「……自分でも、何を探しているのか分からなくて」
そう答えると、司書は驚いた様子もなく頷いた。
「それなら、本のほうがあなたを探します」
意味が分からなかった。
けれど次の瞬間、一冊の本が棚からするりと落ちてきた。
表紙には題名も、作者名もない。
真っ白な本。
恐る恐る開く。
そこには、見覚えのある景色が描かれていた。
小学校の帰り道。
ランドセルを背負った、小さな私。
ページをめくる。
初めて友達と大笑いした日。
悔しくて泣いた夜。
誰にも言えなかった秘密。
忘れたと思っていた思い出が、一つずつ静かに並んでいた。
「これは……」
「あなたの人生を綴った本です」
司書は穏やかに言った。
「でも、まだ最後までは書かれていません」
ページをめくる。
最後の数ページだけは、真っ白だった。
「未来は、まだ誰にも書けませんから」
私はそのページを、しばらく見つめた。
何を書こう。
どんな人になろう。
何を好きになって、誰と笑おう。
未来は分からない。
でも、白紙だからこそ、少しだけ楽しみになった。
本を閉じると、司書がそっと受け取る。
「返却期限はありません」
「でも、返したくなるって言っていましたよね」
司書は微笑んだ。
「ええ。未来を書き始めた人は、みんな次の誰かのために、この本を置いていくんです」
帰り際、私は振り返った。
本棚には、数え切れないほどの白い本。
きっとあれは、誰かの人生。
誰かの涙。
誰かの幸せ。
そして、まだ始まっていない物語。
扉を開けると、夕暮れの風が頬を撫でた。
ポケットには、しおりが一枚だけ入っていた。
そこには、小さな文字でこう書かれている。
『物語の続きを書けるのは、あなただけ。』
私はそのしおりを大切にしまい、ゆっくりと歩き出した。
今日という一日が、また一ページになることを願いながら。
コメント
1件
うわ、めっちゃいい話だった…!図書館の設定も、自分の人生が本になってるってアイデアもめちゃくちゃ刺さった。「未来はまだ誰にも書けませんから」って台詞にグッときたわ。白紙のページを前に「何を書こう」って思える主人公、素敵すぎる。この世界観、もっとじっくり味わいたいな〜。続きが楽しみ!
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