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ゆゆゆゆ
さっきまでのあいつなら。
絶対ここで何か言う。
煽る。
笑う。
「ほら余裕ないじゃん」とか。
そういう顔。
だから俺は少し警戒していた。
こいつの口元。
少し動くだけで身構える。
でも。
「……」
エリオットは何も言わない。
ただ。
指を絡めたまま。
静かに息を整えている。
さっきまでぼんやりしていた目が。
少しだけ落ち着いてきている。
俺を見上げる。
でも。
笑わない。
挑発もしない。
ただ。
少し困ったみたいな顔。
「……エリオット」
呼ぶ。
「なに」
声がいつもより静か。
俺は少し眉をひそめる。
「煽らないのか」
エリオットが瞬きをする。
それから。
小さく笑う。
でも。
いつもの挑発の笑いじゃない。
少し力の抜けた笑い。
「……今はいい」
「は?」
思わず聞き返す。
エリオットは手を握ったまま言う。
「さっき」
少し視線を逸らす。
「落ちそうだったし」
……ああ。
さっきの。
ネクタイ探してた時の顔。
俺は一瞬黙る。
エリオットは続ける。
「チャンスの手」
少し握る。
「これの方が落ち着く」
胸の奥が変な音を立てる。
なんだそれ。
ずるいだろ。
さっきまで散々煽ってきたくせに。
そんな顔でそんな事言うな。
俺は小さく息を吐く。
完全に。
観念する。
「……エリオット」
「なに」
俺は少し笑う。
「お前」
少し頭を振る。
「ずるいな」
エリオットが少し首を傾ける。
「なんで」
俺は答えない。
代わりに。
繋いでる手を少し握り返す。
それから。
ゆっくり顔を近づける。
さっきみたいな勢いじゃない。
静かに。
エリオットも逃げない。
ただ目を閉じる。
そして。
そっと唇に触れる。
短い。
優しいキス。
離れると。
エリオットが少し目を開ける。
俺は小さく言う。
「……今日はこれで勘弁してやる」
エリオットは少し笑う。
その笑いは。
さっきまでの挑発じゃなくて。
どこか満足そうだった。
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