ねぇ、翔太。
今の俺を見て?
どう?全然平気そうに見えるでしょ?
またやられた。もうこれで何回目?
今、何を思ってるの?
何を考えてどこにいるの?
何を感じながら誰と過ごしてるの?
君がいるはずの隣は、空っぽで寒いまま。君がいてくれなきゃ安心して眠れなくて、ずっと待ち続けていたのに、空はまた白み始めて、部屋を薄明るく照らし始めていた。
徐々に差し込む光を眺めていれば、鍵が開く音が聞こえてきて、慌てて靴を脱ぐ君の形だけの反省の聲が耳を撫でた。
「ごめん、マジで。断れなくて。」
何度この言葉を聞いただろうか。
もう何も響かない。
別に翔太は浮気してるわけじゃ無い。俺だけを好きでいてくれている。
ただ、愛し方が変わってるだけなんだ。
今日だって、飲み会に行ってくると連絡があったっきり、俺が送る心配の連絡に何も返信しないまま、朝になって帰ってきたってだけのこと。
分かってる。翔太はそんなことしない。
分かってるけど、こうやって放っておかれることに慣れてしまった俺の心は、もう翔太に何も期待しなくてしまった。
「もう謝らないで」
別に許してるわけじゃない。別に今更傷付いたりもしない。
だって、もう、取り返しなんてものがつかないところまで来てるだけのことなんだから。そこに君は気付いているのだろうか。
俺はいつだって、俺と君の中に生まれた溝を埋め直したいけれど、それだって君がここから巻き返すのは、もう難しいんじゃない?
大事にすると誓ってくれたあの日の約束を守り通すこともできない、そんな君の不器用なところだって、俺はいくらでも受け止められるから。
黄色い光に輝く窓の外から目が離せなかった。
少しでも君の方を見れば、きっと、喉が熱くなってしまうから。
いつまでも交わらない視線に焦れたように、翔太は俺の腕を強く引いて口付けた。
今、翔太の中には俺だけが映っている。
俺の目にも翔太しか見えない。
二人だけの世界になる。このひとときは、まるで天国にいるみたいな心地になる。甘くて切ない楽園の中で俺と翔太だけ。眩暈がするほどに幸せを感じる。
諦めとその後にやってくる悦びに満ちたこの世界から、俺はもう抜け出せそうになくて、いつまでも翔太の腕の中で我を忘れた。
翔太は、いつだってどこかに行っちゃうけど、最終的には必ず俺のところに帰ってくる。それがわかっているから、俺としては何も問題はない。俺は全然大丈夫。
だけど、ずっと消せないまま、俺の心の中に残ってしまっている言葉がいつだって頭の中で再生される。
『俺だけを愛して』
翔太は、いたずら好きだから、いつも俺に意地悪を仕掛けてるんだと思う。
今日も朝まで俺から隠れて、俺を置き去りにして、自分が帰ってきた時の俺を見て楽しみたかっただけなんでしょ?
翔太が取る一挙手一投足に、俺がどんな顔をするのか、見てみたくて仕方がないんだよね?ちゃんとわかってるよ。
だから、俺は君が望むように反応してあげるの。
寂しかった、会いたかった、恋しかった、どうしてもっと早く帰って来てくれなかったの、そんな気持ちを込めて翔太を見つめる。
そしたら、翔太は決まって満足そうに笑う。
その笑顔は、いつだって、俺を地獄に引き摺り下ろす。針に刺されるよりも痛くて、火に焼かれるよりも熱くて、体が引き裂かれるよりも怖くて、叫び出してしまいそうになる。
それでも翔太がそばにいてくれるなら、俺は辛くない。
「今日は早く帰ってくるから」
何度も聞いたその言葉に、いつでも簡単に裏切られてきた。
普通の顔をして、平気で嘘を吐く君を何度も憎んだ。
それでも俺は翔太のことしか愛せない。
俺の首筋にキスをして、俺に執着を見せるのに、翔太はいまだに他の子を目で追うことがある。俺がいるのに、俺以外の人にまだ興味があるみたい。
いつか翔太が俺のそばからいなくなってしまうこと、翔太の心が離れていってしまうことが怖くて仕方がない。
翔太、でもね?
きっと、翔太を愛せるのは俺だけだよ?
翔太という人間が少しだけ怖くて、一緒にいてもいつも不安が消えない。
何度も約束を破ってきた翔太のなにを信じたらいいっていうの?
この先の俺たちのことなんて、誰にもわからない。
いつだって翔太は俺に言うの。
不安になって聞いてしまう俺の「将来のことどう考えてるの?」という問いに、翔太は決まって「先なんてどうなってもよくね?」と答える。
真面目に考えて欲しいのに、もっと大事にして欲しいのに、何一つ翔太には響かなくて、ひとりぼっちの部屋で嗚咽ばかりこぼした。
それでも嫌いになれなくて、好きで好きでしょうがなくて、そんな翔太の雑なところにすら、俺はまた恋をして、何度も 翔太の手を取ってきた。
俺も大概イカれてる。
翔太と手を取り合って踊る、この二人だけの世界は、仄暗くて黒く輝いていて、翔太が俺に与えてくれる痛みと甘露が俺の足を留まらせる。きっと、もう、一生翔太から抜け出せない。
それでいい。どんな形であれ、俺が翔太を好きで、翔太も俺のところに帰ってきてくれるなら何も問題なんか無い。翔太がそばにいてくれるなら、俺は全然平気。
それでも、俺の頭にこびりついて離れない言葉が、心で叫んでいた。
『俺以外は愛さないで』
翔太はいつも俺に意地悪をする。
俺の心が翔太にずっと向いているか試すみたいに、俺に誰かの話をする。
俺の気持ちを掌の上で転がすみたいに、自分の気の向くまま、俺のことなんて気にも留めないでどこかに遊びに行ってしまう。翔太は、散々俺を待たせて帰ってくると、その時の俺の安心しきった顔に、心底満たされたようににんまり と笑みを溢すんだ。その表情は、いつだって俺を地獄に叩き落とす。
「涼太だけを愛してる」
翔太はそう言ってくれるけど、寂しい夜、会いたいと願っても叶えてくれたことはほとんどない。息をするように嘘を吐く翔太を何度も恨んで、そんな翔太に何度も恋をした。いつだって、翔太だけが好きで、どんな時だって、翔太しか見えない。
俺の首に噛みついて、俺を縛り付けるくせに、翔太は俺以外の人に未だに目移りばかりする。
俺だけを愛すと言ってくれたのに、まだ他の人のことを考える心の余白があることが、寂しくてたまらない。
いつか翔太が、俺と繋いだ手を解いて、俺の手を振り払って、誰か別の人の手を取ってしまう日が来るかもしれない。考えたくも無い不安がとめどなく押し寄せる。怖くて仕方がない。
でもね、翔太?
こんな最低な翔太のことを愛せるのは、こんな酷いことばかりする翔太を好きになれるのは、俺だけだよ?
俺には翔太しかいない。でも、翔太にも俺しかいない。
俺たちはきっとお似合いだよ?
翔太がどんなに不器用で意地悪でも、俺はこの先も懲りずに、飽きずに、翔太だけを愛し続ける。
翔太が落としてくれる、嘘に塗り上げられたようなキスさえも、たまらなく愛おしい。
そこに翔太なりの俺への愛があるって、信じてるから。
先の約束さえもできないような、そんな怖がりな翔太でもいいから、誓いの言葉すら守れないような、そんな愛し下手な翔太でもいいから、どこにも行かないで。
俺から離れていかないで。
俺からはなにも望まない、ずっと翔太は翔太のままでいればいい。
俺が翔太に合わせて変わっていくから。
ほら、きっと、俺と翔太はお似合いだね?
お借りした楽曲
ボイスメモ No.5 / ちゃんみな 様
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