営業部はビルの大きな来客口から直結しているため裏口を目指して歩いていた真衣香。
ノックをせずとも少し開いてくれていた裏口のドアノブを、片手で段ボールを担ぎながら捻ろうとした。
けれどそれよりも前にドアが開かれた。
「……あ」
「あ」
フロアの外と中で、顔を見合わせた、相手。
「小野原さん、おはようございます」
「おはよう」
挨拶の後、会話が続かず沈黙が流れた。
「あ。それ発注してた社員証ケース?」
と、その沈黙を早く終わらせたいのか慌てたように早口で真衣香に言った小野原。
それには答えず真衣香は何かを口にしたくて沈黙するのだけれど、悔しいことに言葉がまとまらない。
(私が、突っ込まれやすい人間だから。こんな事になったんだよね。もっとしっかりしてればされなかったことなんだ)
八木の言葉や、今朝の坪井との時間を思い返して。
けれどいざ目の前に迫ると怯む自分がいた。
そんな真衣香を前に苛立った雰囲気に変化した小野原が言う。
「立花さん、私たち今からミーティングがあるんだけど。言いたいことがあるなら早く言ってくれないかな」
「す、すみません……あの」
「そ、ミーティングっすね。でも急がなくても、ちょうどこいつの件で小野原さんに聞きたいとあったんで」
真衣香の声と、重なった陽気な声。
小野原の背後から顔を出した坪井が手を伸ばして真衣香の荷物を取った。
「わ。結構重くない? お前これ片手で担いでたの?」
「え?あ、うん、バケツとか水入れたらもっと重いし」
「ははは、なるほどね、バケツ重いよね」
坪井が笑い声を上げながら真衣香と小野原に背を向け歩き出そうとした。
その背中を引き止めるように小野原が控えめな声で問う。
「坪井くん、まって。ミーティングの前に話って、なに?」
「え? またまたー、小野原さん心当たりあるんでしょ? だから立花と長話、したくないくせに」
二人のやりとりを聞いていると、何となくだが坪井の声に一定の冷たさを感じてしまう。
これ以上この場にいては本当にただの邪魔者だと、真衣香が二人の会話を邪魔しないように小声で声をかけた。
「じゃあ私はこれで戻りますね……」
「あ、うん、ごめんね立花。 今朝のこともあるし仕事落ち着いたらメールするからさ」
「わかった、待ってるね」
坪井が荷物を持たない方の手で、ひらひらと真衣香に手を振った。
それに胸の辺りまで遠慮気味に手を上げ振り返す。
ニカっと歯を見せて笑った顔が何やらとてもスッキリとして見えた。
その表情に安心し総務課に戻ろうとエレベーターに向かう。
少し歩いて、ふと自分が手ぶらなことに気がついた。
(あ! 営業部のハンコもらい忘れてるじゃん……)
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