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いや、いやいや、と、劉備は、逃げ口上ともつかない、言葉を吐きながら、足取りが重い。


突然の黄夫人の来訪まではよかったが、共に孫夫人の部屋で菓子を。などと言われて、無理矢理回廊を引っ張って行かれているのだ。


「黄夫人、まだ、日が高い。なのに、裏へ下がるのは……」


「あらっまっ!劉備様ったら、何をお考え?!ただ、皆で、お茶をいたしましょうって、話ではないですか?」


「あー、そ、そうなのですがね、家臣達の手前、昼間からは……」


「仲睦まじい夫婦になったと、皆、安心するでしょう?何も、昼間から、寝屋に籠るとは思いませんよ。それに、夫婦ですもの、昼だろうと、夜だろうと、べつに関係ないことでは、ありませぬか?!」


「ですがね、で、では、失礼ながら、黄夫人は、いかがなのです?孔明と」


「はい?人の寝屋話をお聴きになるとは、なんて、ご趣味だこと!ちなみに、誰か様が、ことあるたびに夫を連れ出すので、やることも やれませんっ!」

黄夫人の明け透けな言葉に、劉備は、ぶっと吹き出した。


確かに、言われて見れば何かと孔明に頼りきり。


孔明も、屋敷に帰らぬ日々が多い。夫婦の仲、というものを考えれば、少し、いや、かなり、引き裂くような事をしているかもしれないと劉備は思った。


「あいすみません……」


「お分かりになれば、よろしくてよ。何しろ、孔明様は、あれこれ考え過ぎて、すぐ、知恵熱をだされます。少し、体、いえ、頭を休めさせてやらないと。もう、看病するこちらも、たまりませんわ」


「あー、その、今もまだ?」


「まっ、熱はとっくに引きましたけどね、あそこが痛い、ここが痛い、按摩してくれと、うるさくて。この際ですから、しっかり、休ませていただきます」


「ええ、勿論、今のところ、どこも平定しておりますから、どうか、孔明をゆっくり、休ませてやってください」


ふふふ、では、お言葉に甘えてと、黄夫人が、妖艶な笑みを手向けて来た。


少しばかり、目のやり場に困るそれは、若かりし頃から変わらない。劉備はどぎまぎしながら、場を取り繕おとした。


「あら、お部屋が見えたからって、どぎまぎされて、劉備様も、可愛らしい所がございますのね?」


なにやら、大きな勘違いではあるが、まあ、あの、部屋へ入るというのも、それなり、覚悟がいるもので、あながち、黄夫人の言うことも、外れてはなく……この際、乗っかるかと劉備は思う。


「いや、いくつになっても、女人の部屋へ入るというのは、なかなか気を使いますから」


「ですから、私と、菓子を、お使いなされませ」


さあさあ、失礼いたしますわよ、と、黄夫人は、孫夫人の部屋の引き戸を開けた。


そして、夫、孔明と、同じく、武装女官の洗礼を受けたのだった。


チャリンと、小さな音を立て、夫人の耳飾りが床に落ちた。


「黄夫人!」


劉備が、慌てて駆け寄る。


「なんですか!!これは!!」


「でしょ、こうなんですよ」


「なんてこと!!いいでしょう!!お前達には、この菓子は、渡しません!!!歴代の皇后達が、その美しいを保つため、競って食した、蜜入りの菓子。お肌、つやつや、小じわもあっという間に取れるという、異国の蜜菓子の差し入れに、なんです!!かような所業をおこなう、おなごになど、美しさを得ることなど、必要ありませぬ!!!」


ぬっと、飛び出して来た、槍に臆することもなく、菓子の話を押し通す黄夫人に、劉備は、開いた口が塞がらなかった。何より、あれだけ、高飛車な態度を取る武装侍女達が、慌てふためき、黄夫人へ、平伏するという、快挙まで見せているのだ。


そして──。


「何をやっておる!!客人に、向かって、お前達は!!」


鍛練とやらから、戻って来た、鎧姿の孫夫人が立っていた。

乱世の刀自(とじ)

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