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復讐に花束を 睡蓮の花言葉は滅亡

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復讐に花束を 睡蓮の花言葉は滅亡

14 - 第14話 ヒヤシンス 悲しみを乗り越えた愛

♥

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2024年08月23日

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留置所の面会は寒々しい。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


留置担当官に付き添われた拓真は、俯き加減で準備されたパイプ椅子に腰掛けた。


ぎしっ


鈍い音が響いた。


「拓真、少し痩せたんじゃない?」


そこに悲しげな表情で微笑んでいたのはモデルの結城 紅《ゆうきべに》だった。


「罪になるの?」

「犯人隠避、犯人隠匿かなーー俺にも良く分からない」

「それで罪に問われたらどうなるの」

「三年以下の懲役か罰金らしい」

「そう」


拓真は申し訳なさを感じ視線を膝へと落とした。


コンコンコン


結城紅が二人を隔てるアクリル板を軽くノックした。


「この子がパパに会えるのは3歳くらいね」

「お腹の子どもは助かったのか」


青 が撮った最後のモデルが結城 紅だった。紅 は拓真の子どもを妊娠しているにも関わらず水中に浸かる撮影に挑んだ。そして彼女は流産の憂き目に遭う一歩手前だった。


「拓真、待っているわ」


ギィバタン


「待っている、か」


男の身勝手さか、10年の付き合いが有った 青 を捨ててまで恋情に身を委ねた 紅 の存在が霞《かす》んで見えた。






留置所の面会は寒々しい。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


留置担当官に付き添われた拓真は、俯き加減で準備されたパイプ椅子に腰掛けた。


ぎしっ


鈍い音が響いた。


この一連の事件で縁が有った石川県警捜査一課の井浦《いうら》警部補が面会に訪れた。その手には写真屋の大きな白封筒が有った。


「おまえが撮った写真だ」


井浦警部補は拓真が撮影した《《最初で最後の》》 蒼井 青 を持参したと言い、数枚の写真を面会室のアクリル板に立て掛けた。


「これの代金は」

「俺の金だ、細けぇ事は気にするな」


それはワイド四切の最大限に引き伸ばした写真で 青 の|睫毛《まつげ》の一本まで見て取れた。


「おまえが好きそうなやつだ、ここから出たらプレゼントしてやるよ」


スタジオのライトに照らされた 青 は人工の月に照らされた《《月下美人》》。


「お嬢ちゃんは拘置所で元気にやってんぞ」

「そうですか」

「蒼井さんも元気出せや」


拓真の目頭は熱くなり、涙が溢れない様に天井を見上げた。思い出の中の 佐原 青 は月夜に咲いた月下美人を抱き妖しく微笑んでいた。


ーーー蒼井先輩


「青」

「男がメソメソすんな」

「はい」


拓真はアクリル板の冷たい 青 の頬に触れた。





拓真の蒼井真希死体遺棄については時効を迎えていたが、 青 が殺人犯で有るという事を知りながら10年間暮らしを共にした事実が犯人隠避の罪に問われ懲役1年6ヶ月、執行猶予2年の判決が下された。


「ごめんなさい」

「ーーーえ」

「もう此処に来る事は無いわ」


結城 紅 はモデルとして外国資本のブランド契約のオファーがあり、受刑中の拓真に告げる事なく堕胎手術を受けていた。以後、拓真と紅が連絡を取り合う事は無かった。





ーーーー1年6ヶ月後


「お世話になりました」


拓真は刑期を終え出所した。フォトグラファーAOという存在は消え失せたが、有難い事に《《蒼井 拓真》》の写真を望む声があった。温かみのある写真が欲しいと中学校や高等学校の卒業アルバム、高齢者施設や幼児向けホームページの画像撮影の仕事を請け負った。収入は激減した為、ドムズ犀川を売却して賃貸アパートを借りた。



青は犯行時の年齢が15歳であった事や、責任能力を問われ懲役3年が言い渡されていた。


(青はもう28歳か)


そして 青 が刑期を終えて出所する日が決まったと井浦警部補から連絡が入った。


「蒼井さんや、お嬢ちゃんの出所日が決まったぞ」

「ーーー 青 の」

「会いに行くか行かないかはあんた次第だ」


答えは決まっていた。 拓真のアパートには《《あの日撮影した》》 青 のフォトボードが飾られていた。





晴れた日だった。


「お世話になりました」


小さな旅行鞄を持った 青 を見つけた拓真は、運転席のドアを開け放ったままその背中に駆け寄っていた。青は28歳、拓真は31歳になっていた。


「ーーーえ」


髪の毛を短く刈り上げた拓真を一瞬誰だか分からないという表情をした 青 だったが、恐る恐る近付くと旅行鞄をアスファルトの駐車場に置き両腕を背中に回した。


「 青、おかえり」


互いに強く抱きしめ合った。


「ーーー拓真、拓真の匂いがするわ」


その肩は以前よりも華奢でウェーブの掛かった髪の毛は耳元で短く切り揃えられていた。


「拓真が来てくれるとは思わなかったわ」

「俺も来るとは思わなかった」

「酷い言い|種《ぐさ》ね」


「髪の毛、短くなったんだな」

「面倒だから」

「長い方が良かったな」

「拓真はチクチクして痛いわ」


青 は拓真の頭を撫でながら妖しげな微笑みを湛え、眩しそうに見上げた。その美しさは色褪せる事なく陽の光に蕾み、月夜に花開く月下美人そのものだった。


「ーーーーあの子」


青 は結城紅を探して辺りを見渡した。


「紅さんはーー来る筈はないわよね。子どもは3歳くらい?可愛い?」

「 青 」

「なに、別れたの」


やはり 青 は察しが良い。拓真の顔色ひとつで全てお見通しだった。


「別れた、3年前に」

「子どもはどうしたの」

「紅は仕事を選んだ、堕胎した」

「勿体無い」


青 は子どもを強く望んだが、子宮内膜症の治療でピルを服用していた為、子どもには恵まれなかった。


「ーーーそうだね」

「生まれていたらきっと拓真に似て二重の可愛い子だったのに」

「そうかな」

「そうよ」


そして 青 はマンションを売却した事を知り憤慨した。


「私の植物はどうしたの!」

「隣の部屋の婆さんに引き取って貰った」


植物を捨てなかった事、枯らさなかった事を知ってその点は安堵していたが、思い出のマンションだったのにと肩を落とした。


「そんなに良い思い出でもないだろう」

「そうかもしれないわね」

「あの冷蔵庫満杯に作ったビーフシチューはどうなったの」

「家宅捜査で証拠品押収、捨てたんじゃない?」

「酷いわ」


「それに俺、そんなにビーフシチューは好きじゃないんだ」

「早く言ってよ」

「そんな雰囲気じゃなかっただろう」


3年前、拓真と 青 は一歩間違えれば、刃物で互いを傷つけ合う様な綱渡りの日々を送っていた。


「そうね」


旅行鞄をトランクに積み込んだ拓真は 青 の背中を押した。


「 青 、ちょっと向こう向いて」

「なによ」


そして拓真は車の助手席から花束を取り出し、結えたリボンの形を整えて 青 の名前を呼んだ。


「あぁ、ガーベラね」

「もう少し感動してくれると嬉しいんだけど」

「これでも感動してるわ」

「拓真が私に贈り物をしてくれるなんて思ってもみなかったわ」

「俺もそう思っていた」

「酷い言い種ね」


青 は黄色と白の花束に呟いた。


「ガーベラの花言葉は希望」

「調べたんだ」

「あんなに花言葉が嫌いだったのに」

「調べたんだ」

「ありがとう」


「それ、28本なんだ」

「28本」

「来年の誕生日には29本、60歳の誕生日になったら60本」

「そうなの?」

「もう少し感動してくれると嬉しいんだけど」


助手席のドアを閉めた 青 は、花屋に行きたいと言った。そして 青 が選んだ花は深紅のカーネーションだった。


「1本で良いのか」

「1本でも多いくらいよ」


青 は窓を開けると髪をなびかせながらサイドミラーに流れて消える景色を眺めて呟いた。


「死刑か無期懲役になると思っていたわ」

「そうか」

「またこの景色を見る事が出来るなんて思ってもみなかったわ」

「そうか」


あのマンションが見たいと言うので一方通行の路肩に車を停めた。助手席から降りた 青 は2人が住んでいた部屋を見上げた。


「もう誰かが住んでいるのね」

「そうみたいだな」

「幸せだといいわ」

「そうだな」


そして 青 は連れて行って欲しいとある場所を告げ拓真は動揺を隠せなかった。


「鳥越村に行きたいの、連れて行って」

「あんなところに行くのか」

「あんなところだから行くのよ」


2人は高等学校時代を過ごした鳥越村に向かって車を走らせた。大岩に川の流れが逆巻く|手取川《てどりがわ》に架かる朱色の橋が拓真と 青 を誘った。


「あぁ、小学校だわ」

「懐かしいな」


田畠の中を走る農道、集落を抜けて3分、右に折れると高等学校の正門とグラウンドが見えた。拓真はこの場所で 青 と出会った。放課後の|畦道《あぜみち》を歩くと 青 が無言で追いて来た。目頭が熱くなった。


「泣いている場合じゃないわよ」


青 がその場所を見据えた。更地なったそこは《《蒼井拓真の家だった》》場所だ。大規模な土砂崩れが起きた後、父親方の親戚が村に払い下げた。急な斜面には防護柵が張り巡らされていた。


「 青 なんでここに来ようと思ったんだ」

「拓真のママに花の1本ぐらいあげても良いんじゃない」


青 は蒼井真希の死体を埋めた杉林にカーネーションを手向け無言で手を合わせた。鳥越村を後にした頃には日が暮れていた。


「あぁ、ここ」


青 が身を乗り出して見たのはobject《オブジェクト》 紺谷組のフォトスタジオだった。あの日の記憶を手繰り寄せながら 青 は目を瞑った。


「私、ここで現行犯で逮捕されたのよね」

「俺は警察署まで連行されたよ」

「とんでもない夫婦だったわね」


(夫婦)


夫婦、拓真はその言葉を噛み締めた。


「ねぇ、あの日撮ったオフィーリアはどうなったの」

「警察に押収された」

「そう、残念だわ」


フォトグラファーAO、蒼井 青 の最後の作品は陽の目を見る事は無かった。





「ここだよ」


拓真が借りたアパートは犀川を臨む高台にあった。


「プラザ寺町」

「築年数は経っているけれど見晴らしが良いんだ」

「何処が見えるの」

「春には金沢城の桜が見えるよ」

「最高ね」


拓真は上階へ向かうエレベーターのボタンを押した。


「5階なのね」

「一番端、501号室」

「そう」

「ベランダに観葉植物を置く事も出来るよ」

「そう」


ポケットからシリンダーキーを取り出すと 青 の表情が変わった。


「それ、捨てたのかと思っていたわ」

「机の引き出しの奥から出て来た」

「そう」


それは5年前に 青 が作った革細工のストラップだった。


「青い花だね」

「オオイヌフグリ、忠実、信頼」

「そうか」


あの頃の2人は《《母親を殺害した共犯者》》として忠実であり、信頼という名の監視の下で暮らしていた。そんな感傷に浸っていると 青 が奇声を上げた。


「あっ、なにこれ!」


壁に飾られたフォトボードでは、3年前の 青 が妖しい微笑みを湛えていた。それを見た 青 は、この日初めて感情を顕にして顔を赤らめた。


「恥ずかしい、やめてよ」

「オフィーリアの撮影の時に撮ったんだ」

「拓真が私の写真を撮ったの」

「初めて 青 の事を撮りたいと思った」

「それは驚きだわ」


「このフォトボードは拓真が作ったの」

「差し入れだよ」


そのフォトボードは、石川県警の井浦警部補が留置所に差し入れしてくれたのだと説明したら驚いていた。


「警察官がそんな事をしても良いの、税金でしょう」

「ポケットマネーだって言っていたよ」


そして部屋を見まわした 青 は窓辺に膝を突いた。


「拓真、これ」


青 は、傾く夕陽に淡い光を放つ水栽培の器に目を留めた。


「ガラスが綺麗、これはヒヤシンスね」

「青い花が咲くと思って買って来たんだ」

「そうね、咲くわね」

「青 の為に買って来たんだ」

「私の為に」


青 はその器を両手で持つと、恍惚の表情で青く美しい涙を溢した。


「ヒヤシンスの花言葉は知っているの?」

「うん、調べた」


ガーベラの花束を振り返った 青 は目を見開いた。


「もしかして、60歳になったら60本ってそういう意味だったの」

「気付かなかったのか」

「意味が分からなかったわ」


青 は、妖しげな微笑みで拓真を凝視した。


「私で良いの」

「 青 が良いんだ」

「後悔はしないの」

「しない」


ヒヤシンスの花言葉は<<悲しみを乗り越えた愛>>、拓真は 青 を抱き締めた。




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