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「でも、彼にとっては欠陥品だし」
「だから保育士して子どもに触れ合おうと? ってかお前、諦めるの?
どんくらい妊娠できないのか、どんな治療しんのかって聞いた?」
小降りになってきた雨に、部長は舌打ちすると濡れた髪を掻き上げる。
水族館からは、雨なんて関係ないような歓声が聞こえてきている。
「よ、く覚えてない、です。ショックで、……でも、ピルは処方されました」
「どーせ、診断書持ってんだろ、見せてみろ」
なかなかそこで動けないでいる私は、黙って部長に鞄を差し出した。
部長は、最初からそこにあるのを知っていたかのように、ファスナーを開けてその中身を取り出した。
二つ折りにされた診断書を。
――ただ黙って読んでいる。
「ふーん。分かんねーー」
部長はそう言うとクシャクシャと丸めて、
その紙をむしゃむしゃ食べた。
…え?
食べた?
ええええええ!?
「なっ、何を、何を何をなになになに!?」
ごくん、と部長の喉仏が動くと、ペロッと舌を出された。
「不味い」
「不味いってええ!? ええ!?」
「これで診断書が無くなったんだから、も一回ちゃんと病院で検査しろ。そんな一回の数時間の診断に、人生左右されてんじゃねーよ」
立て、と無理矢理起こされると、泥だらけになったスカートをパンパン払ってくれた。
「で、ちょっとでも可能性があるなら、諦めずに頑張っても無駄じゃねーよ?
お前、まだ若いし。ってか、子どもを産むだけが女の幸せじゃねーし」
「でも、子ども好きだもん……」
ひっく、と嗚咽が出て来ると、上手く言葉が喋れなくなる。
ポンポンと頭を叩いてくれた部長は、優しく私の頬に触れると、顔をぐっと上に上げさせて、私と見つめ合った。
「まずは、恋愛から逃げるの、止めねぇか?」
「え?」
一瞬だった。
目を見開いた瞬間、部長の顔が近付いてきて、指先が唇をなぞったかと思うと、
雨で濡れた部長の唇と重なった。
キス、されているのだと気付いたのは、部長の顔が離れてからだった。
潮の湿った匂いと、アスファルトに雨がしみ込む匂い。
その中で私は、自分の涙の味と部長の苦くて煙草の味がするキスに、
ただただ呆然としていた。