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“ 最後の話し合い The Final Discussion “
私は夫の冬也に連絡を入れ、話し合いの場を持つことにした。
待ち合わせの場所に着くと、冬也がすでに席に付いていた。
久しぶりだねって声掛けしようと思っていたら、突然の冬也からの問い詰めが始まった。
「どうして別れなきゃいけないんだよ、どうして」
「私、あなたのこともう好きじゃない……ちっとも好きじゃない、から」
「えっ? 本心じゃないだろ?
篠原のことをまだ怒っててその当てつけなんだろ?」
「篠原さんかぁ~。怒ってのただの当てつけって――――。
あなたは私がどういうことで怒ったり悲しんだりしたのかあまり分かってないと思う。
だけど、それももういい。
これからも共に暮らす相手だからこそ、怒りも悲しみも湧くのであって
人生別々に歩むのならもう必要ないことだからね。
彼女のことはもう今更どうでも……。
本気よ? 私もう愛してないんだ冬也のこと。
た・か・ら・もうこれ以上ごねずに離婚届に判押して?
じゃないと私、あなたとあの女に慰謝料請求、裁判してでも離婚するわよ?
今すんなりと離婚に応じてくれたら慰謝料は請求しない。
正当な財産分与だけもらっ て出てくから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
姫苺がただの当てつけじゃなく心の底から、俺と別れたがっている。
直接話してない時には全く感じなかった 彼女の本気度が、
姫苺を目の前にすると俺の胸に強く刺さった。
🩰
冬也、お前と一緒に居るだけで楽しくて幸せって言ってた妻は
もうどこにも居ないって悟れ。
姫苺の嫌がることをやめず、嘘をついたせいで、俺は最愛の伴侶を失いそうだ。
最愛の人の気持ちは岩のように強固で、もうとても動かせそうにない。
だめなのか? もう?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここまで言ってるのに、まだ判を押すと言わない冬也に私は
最後の爆弾を投下してみることにした。
「私、家を出てからたまたまマリリンと何度も会う機会があって
あなたとのことも愚痴として聞いてもらったりしてたの。
それでね――――
詳細は省くけど、私とマリリン結婚しようかっていうことになってるの。
あーっ、待ってよぉ~勘違いしないでよね、あなたと違って私はまだ
マリリンとなんも関係してないから。
不倫はよくないものねぇ~」
ある意味嫌味も込めて言ってやったわ。
ええええ、言ってやりましたともぉ。
そしたらば、それまでまんじりともせず苦悩していた感の冬也が
それこそ待ってましたとばかりの言葉を発した。
「彼はゲイなんだろ?
ゲイと結婚したって子供もできやしないじゃないか」
私は夫の言葉にフっと鼻を鳴らした。
それをどの口が……
お前が言うのかと。
あなたと結婚して7年、此の方子供のコの字も出したことのないあなたが
そこ? 突っ込むのはそこなの?
夫の放った言葉は私を驚かせるのに充分だった。
このことで、ふっと私は思った。
冬也は子供が欲しいなんて思ったことあったのだろうか? と。
私はすごく欲しかったけれど、冬也とはそっちの話は会話として
ちっとも出てこなかった。
それで、何となく話に出してはいけないような気になって
自然に任せておけばいいのよ、なんていうふうに自分でも逃げてたような
気がする。
だから冬也だけを責めるのは間違っていると思う。
そうだ、子供のいないのを彼のせいにはできない、そんなこと
よく分かってる……分かってるけど、ここでそんなこと言われると
なんか今までの私たち夫婦間で全く話し合わなかったことについて
責めたくなるというものだ。
「そうだね。だけど健全な精子と卵子があれば医療の力を借りて
子供を生み出せることのできる時代だから……どうかしらね」
「君は子供が欲しかったのか?
俺には一度も言ってきたことがなかったのに」
「ずっと欲しいって思ってた。
だけどあなたが何も言わないのにって、何だか私のほうからは
言い出せなかった。
でもひとこと、子供が欲しいねってあなたが子供のことを話題に
出してくれていたら、私も本音を話したかもしれないわね」
「……」
肝心なところで返事のできない夫につくづく失望した。
今まで子供を授かれなかったことについては、冬也も私も……誰も
悪いわけではない。
それに仲睦まじく暮らしていれば先で自然に授かった可能性だって
ないわけじゃないし。
世の中そんな話はよくある話だしね。
結婚して10年目にできた、とかって。
ただし、それはちゃんとレスの問題をクリアした上での話だから
私たちにはすっぽりとは当てはまらないんだけども。
「まっ、いいわよ。どうせ今更のことだし。
私だって自然に授かるまで待てばいいのかもしれないっていう
考えもあって、自分から積極的にあなたに話しなかったわけだしね。
ただ今になって俺だって子供は欲しかったなんて茶番劇みたいなことは
言わないと信じたいけど、万が一にも欲しいのならあなたも作れば
いいんじゃない?
相手をしてくれそうな女性はいるのだし」
「子供を持ちたいとしたら君との子以外にはないよ、誓ってない。
愛してるのは君だけだ。
子作りのことも真剣に考えるし、もう今後一切会社でも社外でも
女性とは接触しないって誓う。
君に不信感を与えるようなことはしないと誓うから、ゲイなんかと
結婚するなんて言って愚かな行為で俺に対して溜飲を下げるようなこと
止めてくれないか」
「ゲイとの結婚が愚かだなんて決めつけないで!
もし仮にマリリンとの間で夫婦の営みができなくても、相手を
信じられるなら幸せになれるって私は思う。
それとね、冬也……人は変わるのよ!」







