テラーノベル
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かつて、室井さんの元で働いていた頃は、社員旅行なんてただの「パシリの延長」だった。
ろくに楽しむこともできず、常に周囲の顔色を伺ってビクビクしていた。
けれど今回は、嘘みたいに空気が美味しくて、ずっと心地よくて。
正直自分が一番感動していて、楽しかった余韻が中々抜けてくれない。
「…よかったな」
尊さんの返事は短く、簡潔だった。
けれど、そこには俺と同じ温度の感情が込められている気がして、胸の奥が温かくなった。
最終便に乗って羽田空港に着いた頃には、外はすっかり真っ暗な夜になっていた。
長いフライトを終えて到着ゲートを出ると、東京の乾燥した空気がひんやりと肌を刺した。
南国の夢から覚めたような感覚だ。
荷物を受け取り、ターミナルを出て皆と別れると、二人で並んで東京駅までのタクシーに乗り込んだ。
「もうすぐ帰れますね」
「ああ」
そんな短い、何気ないやり取りだけで十分だと思った。
長いようで短かった三日間の沖縄旅行を通じて、田中や他の社員さん
そして尊さんとの距離が、さらに一歩縮まった気がしていた。
(こんな日々がずっと続いたらいいのにな…)
暗い車窓に映る自分の顔を見つめながら、心の中で強く願った。東京の夜景が流れていく。
ディズニーデートの約束もできたことだし……。
俺は心の中で小さくガッツポーズをしながら、隣で静かに目を閉じている尊さんの存在を
その温もりを、いつまでも感じていた。
◆◇◆◇
それから数日が経過した、ある日の午後。
社員旅行という非日常の興奮もようやく落ち着きを見せ始め、オフィスにはいつもの規律ある静けさが戻っていた。
俺は書類を抱え、オフィス内の廊下をゆっくりとした足取りで歩いていた。
ふと足を止めると、午後の柔らかな陽射しが全面ガラス張りの壁面から差し込み
磨かれた床の上に幾何学模様のような光の筋を作り出している。
窓の外に目を向ければ、そこには整然と並ぶビル群と、蟻の行列のように忙しなく行き交う人々の姿。
(なんか、こうして窓の外を見てると、色んなことが頭をよぎっちゃうな……)
平穏な日常に戻ったからこそ、ふとした瞬間に思考が迷い込む。
そんなとりとめのないことを思いながら、なんとなく視線を下に向けて
都会の隙間に植えられた街路樹の鮮やかな緑を眺めていた、その時だった。
ふと、視界の端に異質な影が映り込む。
その独特の立ち姿、執着を感じさせる視線の送り方。それは間違いなく───成田だった。
ドクン、と心臓が突然大きく跳ね上がり、呼吸が浅くなる。
思わず二度見して確認するが、やはり見間違いではない。
(……まさかまた、尊さんを探してる……っ?)
嫌な汗が背中を伝う。
注意深く様子を伺おうとした、その時。
「恋」
不意に背後から、低く落ち着いた声が掛かった。
それは紛れもない、聞き慣れた尊さんの声だ。
「どうした、ぼうっと突っ立って」
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