コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
はぁ、と、岩崎は息をつき、先ほど月子から手渡された釣り書を、黙って義姉と呼ぶ、女性へ手渡した。
「……これは、え?西条月子……さん……って?あら?ということは?!」
釣り書に目を通した女性は、理解不能とばかりに、首をかしげている。
ここで、やっと、月子は、自分の手を取った、女性の姿を間近に見た。
勇ましい口調とは裏腹に、色白の小造な顔、きちんと結い上げた髪、そして、文句なしに、高価と分かる、紫地に、おしどりと紅葉が描かれている少し小粋な着物を上品に着こなす様子に、月子は、目を奪われる。
岩崎は、この女性を義姉と呼び、田口屋の二代目は、男爵夫人と呼んでいた。
やはり、見合いの相手、岩崎家というのは、男爵家なのだ。つまり、女性は、岩崎男爵の夫人ということなのだろう。
そして、岩崎は、女性を義姉と呼んでいるが、前にいる男爵夫人らしき女性は、月子より、若干、年上、といった見かけで、岩崎の姉というより、妹と言った方が良い感じもした。
どうゆうことだろうと、月子も、首をひねるが、月子とお咲が、岩崎の子供という事になっていることの方が今は問題で……。
どうにか、その誤解を解きたいと月子も思う。しかし、岩崎の剣幕を思うと余計なことは言わない方がよいのではと、混乱どころか、すっかり、萎縮してしまっていた。
「あらまあ!なんてこと!西条家のお嬢さんだったのね!ならば、自己紹介しなくてはいけないわ!私《わたくし》は、岩崎男爵の妻、芳子《よしこ》。あなた……月子さんだったわね?そう、月子さん、あなたの、義姉《あね》になる者よ!宜しくね!」
さっきまでの勢いは、どこへ。女性──、岩崎男爵夫人こと、芳子は、朗らかな顔つきで、月子へ微笑みかけた。
「あら、ちょっと、待って!それじゃあ、こちらの女の子は?……もしかして、月子さんの?!うそ!まだ、若いのに、苦労してきたのね!」
まあ、可愛そうに、大丈夫よ、男爵家で受け入れるわ、とかなんとか言いながら、芳子は、涙をにじませている。
「いや、京さん、なかなか、良いところまで来てるんじゃないか?」
二代目が、相変わらず肩を揺らしながら、口を挟んで来た。
「うるさいぞ!二代目!近いも何もあるかっ!」
岩崎は、変わらず不機嫌なまま、芳子を見た。
「義姉上、ですから……、二人とも、私の子供ではありません。彼女は、西条家から来られたようだが、どうも、本宅から勘当された三十路過ぎの男など、気に沿わないらしく、断りを入れたい様子で……。女中だの、手伝いだのと、言っている。まあ、それが当然でしょう。このお話は、双方望まぬこと。どうぞ、なかったことに……」
「あれ、でも、京さん、月子さんと一緒だったじゃないかい?それも、おぶってたよ?」
二代目が、ここぞとばかりに、またまた、口を挟んで来た。芳子は、えっと、驚き、何か言いたそうにしている。
岩崎は、余計なことをと、二代目をジロリと睨み付ける。
「いやいや、なんだか、穏やかな話じゃないねぇ。そして、また、芳子が、やらかしたのかい?」
ハハハ、と、男の笑い声が響いた。
「兄上!」
「あら!京一さん!」
「おっと!こりゃ、岩崎の旦那!」
皆が注目する玄関口に、どこか岩崎と面持ちの似た、風格ある男性が立っていた。