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「やはり、抜き打ちの見合いは、不味かったかな」
現れた男性は、騒ぎの様子を笑いながら見ている。
「あら、京一さん!そうでもしないと、京介さんは、いつまでも、逃げ回るだけよ!」
すぐに、芳子が、食ってかかった。
言われた岩崎は、渋い顔をしている。
「まあ、まあ、京さん。岩崎男爵家勢ぞろいということで、あがってもらえば?」
二代目が、ここぞとばかりに、ししゃり出る。
「そうだねぇ、玄関先で、話し込んでも、こじれるだけだ。そうだろう?京介」
現れた男性は、紳士ぜんとした態度で、皆に接しているが、どこか、この状況を楽しんでいるようにも見えた。
そして、迷わず月子を見ると、
「いや、どうしても、はずせない会合がありまして。遅くなりました。もっと、私が早く来ていたら、こんな騒ぎにはならなかったはずで、申し訳ない。京介の兄、男爵の岩崎です。本日は、ご足労おかけしまして」
と、被っている中折れ帽を軽く持ち上げ挨拶してきた。
身分が違いすぎる相手に、挨拶され、月子は、慌てて、頭を下げる。
「さあさあ、何もございませんが、どうぞ、どうぞ」
はかったように、二代目が、勝手知ったる我が家の如く、皆を誘ったが、たちまち岩崎の眉は吊り上がる。
「そうね、お見合いよ。お見合いを始めましょう」
芳子一人が喜んだ。
こうして、本当に、何もない居間で、一同は、顔を付き合わせている。
岩崎男爵は、月子の釣り書に、黙って目を遠していた。
月子は、男爵の沈黙と、佐紀子が、どのように自分のことを書いているの分からないこと、さらに、不機嫌極まる岩崎の様子が、とてつもなく恐ろしかった。
本来、見合いの席では、あえてうつむき、しおらしくしているものなのだろうけれど、月子の場合は、既に、相手方、岩崎が、その気はないと、きっぱり拒否しているのだから、うつむくしかない状態になっている。
そして、女中としても雇ってもらえそうになく、月子は、本当に行き場に困っていた。
しかし、そうだ。
田口屋という口入れ屋が、いる。
頼み込めば、何か、仕事が見つかるかもしれない。
月子が、身の振り方を考えていると、男爵は、釣り書を読み終わり、なるほど、と、呟いた。
「月子さんは、十六歳ですか。うちの、京介は、三十六。二十歳違いとなると……確かに、娘さんの心情としては、受け入れがたい話ですなぁ」
少し白髪の混じる髪をきちんと、ときつけ、高級そうな洋装姿の男爵は、やや、困った顔をする。
「……でも!確か、京介さんが、月子さんを助けて、ここまで、背負ってきたのでしょ?!ってことは、京介さんも、実は、まんざらでもないってことよ!」
芳子が身を乗り出しながら、言った。
居間に座ったとたん、ああでもないこうでもないと、これまでの事情を語り、どうにか起こったことを、皆は、理解していたのだが……。
「それは、それ。まさか、見合いとは、知りませんでしたから。困っている者に手を貸すのは当然のことでしょう!それまでのことです!」
岩崎が、大きな声で、きっぱりと、芳子の言い分を否定する。
やはり、これまでかと、月子は、力が抜けた。
とはいうものの、思えば、月子も結婚話など願ってもおらず、居場所を探している、それだけなのだ。
そんな覚悟では、断られた方がよいのかもしれない。
嫁ぎ先、岩崎男爵家の人々は、悪い人ではなさそうだった。ただ、肝心の岩崎が……。
やはり、この話は無かったことにするのが、一番なのだろう。
月子は小さく息を吸う。
「こちらこそ、ご迷惑をおかけしました。そもそも、身分の違いがあります。このお話は、最初から無理があったようです」
そう、いつまでも、ここにはいられない。
月子は、覚悟を決めて、詫びを入れると、立ち上がる。
とたんに、挫いた足がずきりと痛み、うっかり、よろけてしまった。
「危ない!」
大きな岩崎の声と共に、その手がのびて来て、月子の体をしっかりと支えた。
ふふっと、芳子が笑う。
おや、と、男爵が呟く。
「じゃあ、決まり!月子ちゃんは、ここで同居すればよろしい!大家は、許すよ!」
田口屋の二代目が、ニヤケながら言った。