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「……こんにちは」
この女に謙太を取られ寝取られベランダから落とされた。
あの悪夢を知ってるから尚更緊張してしまう。
でもこの場面では鷲見さんが一方的に私を知っていて、私は彼女のことを知らない……てことになっている。だから取り乱してはいけない。冷静に冷静に。
けどもそれではダメだ。謙太を守るためには……。
「白沢梨花さん、まさかお会いできるとは」
やっぱり私のフルネーム、知ってる……。謙太から聞いたのかしら。
わざわざフルネームっていうのも鼻につく。私は会釈する。
「はじめまして、ですよね?」
「ええ、私はお顔はチラッと拝見してましたが梨花さんから来ていただくとは思いもしませんでした」
もし私が気づかなかったらずっと一方的に見られていたのかと思うと気持ち悪いことである。
「あなたのご主人の謙太さんにお世話になってて。いろいろ相談にも乗ってくださってて」
と言いながら綺麗な高級な赤色の名刺入れから名刺を出してきた。
この時点でわたしは彼女と接点を持ったことになる。
もしかしてだけど謙太の死に彼女は関係するのだろうか。
不倫だけでなく、そのことにも関わるのであればなんとかしてさらに踏み込んでいけば助かるかもしれない。
いやそれよりも不倫関係を解消させたい、ここで彼女と謙太が不倫している証拠まで辿り着くのだろうか。
「そうだったんですね、主人もお世話になっています」
というのが余裕のある妻としての対応なのであろうか。ここでは二人の深い仲を知らない、あくまでも。
「主人は私のことを?」
「ええ、ごめんなさい、一方的にお名前知ってて怖いですよね。食事……と言っても他の方もいますけどそこであなたのことをいい妻だとか優しい子だって自慢されてて」
「そうだったんですね、あまり仕事に関することは彼の方はあまり話さないので。誰と呑んだとか会社の愚痴とかも」
そうである。私の愚痴や仕事の相談は受けてくれるのだが彼自身の仕事に関するものは聞くことはあまりない。それは私が信頼しているから、彼のことを。そんなやましいことをする人じゃないって思っているから。
だけど今は違う。彼女は強調して二人きりではないとはいうのだが、あの時はもうこの時点では二人の関係はあるのだ。
「優しい方ですものね。プライベートのことも親身になって聞いてくださって、その時ばかりは少し人が少ないところで……職場のスペースですのでご心配なく」
本当に謙太は弱い人にも誰にでも本当に優しい。
私に対してでもだ。初めて会った時に……私だけその場では浮いていていてもたってもいられずにトイレ行くふりして外で泣いていた。
前の男に酷い扱いを受けた挙句、仕事も安定せず、親は毒親、友達もいない私にとってこの世はもう地獄だった。
席では誰にでも分け隔てなく話をふり優しそうに微笑む謙太、目立ってすぐにでも彼女が欲しい男を引き立てて自分は後ろにいる感じであった。
そんな彼だけが私に気づいて探して来てくれたのだ。そして微笑んで
「最初見た時からタイプだったんだ、今から二人で違うところ行こうよ」
今思えば手慣れた男の人の持ち帰りの常套句だろうがその夜は彼は私と関係を持たずに話を聞いてくれた。
時折謙太は自分のことを話すけど私のモヤモヤが晴れると彼はさらに微笑んでくれた。
あぁ、こんないい人がいるんだって。
その微笑みを他の人にもしているもんだから友人からは心配されたけど裏表なく接する人だったから私は付き合ったんだけどね。
でも鷲見さんにも微笑んでプライベートのことも聞いていたのかと思おうとはらわた煮えくりかえる。
「では、私はここで」
と鷲見さんは帰っていく。もらった名刺には彼女の携帯の場号もある。とっておこう。もちろんだが。
その日の夜、先に謙太は帰って味噌汁を作っていた。他にも作り置きのおかずも盛り付けてくれている。
「あ、おかえり」
彼は私の会社に鷲見さんが来たことは知っているのだろうか。伝えた方がいいのだろうか?
「あのさ、謙太……」
「なに?」
私、ここで躊躇したらダメよね。ここで聞いて少しでも事態を悪化させることを招いてはいけない。慎重に……言葉を選ばなくては。
「なんか隠していることない?」
自分で言っておきながらもこれはいきなりすぎたかもしれないけど。
「ん? 隠していること?」
少し彼の目は泳いだが味噌汁の鍋の方に目線がいった。
「……もう直ぐ出来上がるから。ご飯は少し後でもいい?」
「いいけど、謙太はお腹空いていないの?」
「お腹いっぱいになってから話すと眠くなるだろ」
……何を隠しているというの。そしてこんなにも早く話してくれるとは思わなかったから私はたじろいでしまった。ドキドキする。