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#残酷な描写あり
らい
148
37
#パンデミック
畝澄ヒナ
48
カレンの提案に執務室にいる者は口を貝のように閉ざして、切腹なるものを、各々の感覚で理解に努めている。
衣擦れの音すらやけに大きく響くこの執務室は、実はわちゃわちゃと騒がしかったりする。
そんな中、最初に口を開いたのは尋常じゃない汗をかいているヴァーリだった。その身体はカタカタと小刻みに震えている。
「……カレンさま」
「なあに?」
「えっと……ですね……」
「ん?どうしたの?」
「……」
かつてこれ程までに、この少女からにこやかに対応してもらえたことがあっただろうか。
ヴァーリは必死に記憶をさぐってみるが、ついぞ見付けることはできなかった。
ただ今、カレンの機嫌が直ったわけでも、自分の人間としての名誉が回復したわけでもないことは、頭が良くないヴァーリにだってわかる。
なぜならカレンの目が、笑っていないから。
それでもヴァーリは再び口を開く。命知らずと言われても良い。だって言わなくても、死がまるで恋人のように寄り添っているのだから。
「恐れながら……今一度確認させていただきたいのですが……」
「うん」
「自分で腹を掻っ捌くことが、名誉を回復させることになるのでしょうか?」
「うん!」
「……」
いっそ無邪気といえるカレンの態度に、この少女が本気の本気であることをヴァーリは知った。
無言を貫くギャラリーは、異世界の文化の違いを見せつけられ、言葉を失ってしまった。
ハラキリ?え?マジで?イッツ・クレイジー!
なんてことを思っているかどうかは定かではないが、この華奢で年齢より幼く見える少女の口から、そんなことが紡がれた事実に驚愕を隠すことができない。
そんな皆の心情を知ってか知らずか、カレンは勝手に切腹の作法の補足をする。
「あ、でもね。切腹って一人でやるもんじゃないんだ。介錯人っていう人がいてね、その人がお腹を切ったと同時に、首を切り落としてくれるんだよ。だから、安心してね」
何を、どう、安心すればいいのだろうか。
これもまた、メルギオス帝国で生まれた者は同時に思った。あと、介錯人は誰がやる?そんな疑問が浮かぶ。
ただ、選ぶならこの中からだ。これもまた同時に思った瞬間──
「僭越ながらわたくしが、介錯人をやらせていただきとうございます」
凛とした声が部屋に響いた。
予想通りといえば予想通り。そう宣言して一歩前に出たのは、カレンの侍女、リュリュだ。
手には既に剣を持ってはいるが、今日はその刃がいつもより鋭く光って見えるのは気のせいだろうか。
要はコレの首を切り落とせば、良いんですよね?と真顔でカレンに確認するリュリュは、義理の兄に刃を向けることへの葛藤は微塵もない。
自ら名乗り出た以上、完璧に使命を果たさなければならないという無駄に強い責任感だけが伝わってくる。
「──……お、おい。マジかよぉ」
ヴァーリは、まだやるとは一言も言っていないのに、着々と準備が進んでいく。
今、ヴァーリは、結婚に踏み切れないヘタレ男が外堀を埋められていく心境を身を持って知った。
義理の妹からも、自分が仕える主からも、背を預けることができる相方からにも見捨てられたヴァーリには、辞世の句を読むことしか残されていない。
と、思ったのだけれど、ここで状況が変わった。
「駄目だよっ、リュリュさん」
まさかのまさかで、ここでカレンがリュリュを引き留めたのだ。
ああ、なんだ。ちょっとばかし、おちょくられただけだったのかと、ヴァーリはほっと胸を撫でおろした。
他の人間からこんなことをされたら間違いなくマジ切れするが、なにせ相手は聖皇妃。過去になんのてらいもなく、自分の急所を蹴り上げる狂犬。この程度で終わったのなら、むしろラッキー。
そんなことまで思ったのが余計だったのかどうかはわからないが、ヴァーリが望む展開には、ならなかった。
「そんな汚れ仕事、リュリュさんがやるなんて駄目だよ」
カレンの真剣な声に、自分の運命が何ら変わっていないことにヴァーリは気付く。そして「俺の首跳ねるのが何故に汚れ仕事?!」と不満を抱きつつ、今度こそ詰んだなと遠い目をした。
ちなみに、今まさに人間としての名誉を回復するために命を散らそうとしている相方を、シダナは見ていない。「インクの補充をしなければ」と言いながら、いそいそと机を探る彼の血の色は何色なのだと聞いてみたいくらいだ。
そんな薄情な騎士にも天罰が下った。
「あの人がやれば良いじゃん」
納得できないリュリュを必死に説得していたカレンが、びゅんっと音がするほどの勢いで指さしたのは、政務に勤しむ騎士だった。
コメント
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うわあ、カレンさんの「笑ってない目」が怖すぎる(笑)。でも一番笑ったのは、リュリュが真顔で「わたくしが介錯人を」って名乗り出たところ! 義兄への情がゼロなのが逆に清々しい。そしてシダナ、まさか相方が死にかけてるのにインク補充って……この世界観のユーモアセンス、毎回ツボです。次も楽しみにしてます!