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コユキがいつも通りマジカルマテリアルにカギ棒を刺し込むと同時に、吹き出していた魔力の勢いが急激に弱められて行くのが感じられた。
不思議に思ったコユキは善悪に向けて疑問を口にしようとして…… 全然違う事を聞くのであった。
「ねえ善悪、アンタってば若しかして背ぇ伸びた?」
言葉通り、つい今しがた迄、百八十センチだったはずの善悪の身長は数センチ大きくなっている様だ。
善悪は当たり前のように答えるのである。
「ああ、障壁が無くなったから魔力を吸収したのでござるよ、すぐに消化して縮むから心配無用でござるよ」
らしい、コユキは安心しつつも呆れた顔で言う。
「魔力を吸収して大きくなるとか…… アンタも大概(たいがい)化け物染みてきちゃったわね」
善悪は無言で微笑んでいたが、良くてお互い様だろう。
そんなやり取りを経て、クラックの中へと足を踏み入れる一行の中で、アヴァドンは入り口付近の地面をキョロキョロとして一人遅れてしまっている。
アジ・ダハーカが気が付いて声を掛ける。
「どうしたんだアヴァドン、皆先に行ってしまうぞ?」
アヴァドンはキョロキョロを続けたままで返事をする。
「あーうん、お、あったあった、すまんすまん、今行くぞ!」
何やら湿地の土を一握り掴んで、小走りに追いついて来るのであった。
モラクスが小声で聞いた。
「有ったか?」
「ああ」
ラマシュトゥは安堵した感じで二人に対して呟く。
「良かったですわね、これで安心ですわ」
横からシヴァだ。
「んまあ、あくまでも戦いになった時の保険に過ぎんがな、負けは無くなっただろう、クハハハ」
「大きい声出さないの、内緒って言いましたわよね?」
「そうだったな、すまん姉者、クフフフ」
四人で何やらコソコソ企んでいるらしい、まあ楽しみにしておく事としよう。
薄暗く狭い通路を進んでいると開けた場所に辿り着いた、ここがヘルヘイムなのであろう。
アスタロトの居城『恥の城』があったムスペルヘイムに比べると、景色全体が灰色掛かっていて如何にも『魂の牧童(ソウルシェパード)』の拠点に相応(ふさわ)しい。
尾瀬から入って来たからだろうか、足元は同様の湿地帯が続き、その先には乾燥した岩石がゴロゴロしている荒野が、更に先の丘の上には神殿の様な石造りの建造物が見えていた。
建造物は、人間同士の互いに譲れぬ諍い(いさかい)によって破壊された、パルミラの神殿に酷似して見えた。
コユキは誰にともなく呟きを漏らすのである。
「そうか確かベル神殿とか言ったわね、あの壊されちゃった神殿遺跡…… ふう、ガチ物(モン)の神様って事を改めて思い知らされる感じだわ…… 不安だわ」
アスタロトが微笑しながら言う。
「我もそうだが神殿の一つや二つは大した事では無い、コユキ善悪の根源を崇める神殿や寺院は、それこそ無限と言っても過言ではない程世界中に存在しているんだ、恐れることは無い、ぶん殴ってやろう」
「んでも、拙者の寺よりは明らかに大きくて立派でござる、羨ましい…… ぶん殴るでござる!」
「違うわよ善悪、こいつを極大化させてぶっ挿してやるのよ! ズブリッとねズブリっ! ヌホホホ」(下品)
「ははは、その意気だ! そのカギ棒でヒーヒー言わせてやれ!」(超下品)
「ナハハ、ズブリバアル、ヒーヒーバアル、ナハハハ、ナァハハハハ!」
どこがツボったのかは分からなかったが、いつに無く馬鹿笑いをするオルクスに対して掛けられた怒声はコユキには聞き覚えの無いものであった。
「私が魂魄(こんぱく)を捧げた尊き(たっとき)御方(おんかた)を愚弄(ぐろう)するとは、誰であっても許しはしませんよ!」
オルクスが声の方を振り向きもせずに答える。
「ワザト、ダ! バッカ!」
コユキが声のした方向を必死に凝視したが、人影の類は見当たらず、何もない空中から響いて来ているかの様であった。
声は続いた。
「あら失礼、そんな小さな殻に成り下がってはさしもの兄上でも、お得意の気配察知を失ったと思ってしまいました、ごめんあそばせ」
「アルテミス! いい加減に姿を見せなさいな! 兄様達に失礼でしょう!」