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そんなわけで。
僕は早速、チクタくんにメッセージを返信。こんな感じで。
『めっちゃ落ち込んでる。ずっと好きだった女の子がいたんだけど、片想いでした……。好きな人ができたみたい。だからさっきまで号泣してた』
うーん……我ながら思うけど、ちょっと情けないこと送っちゃってるな。でも、仕方がない。そんな僕を僕自身が認めてあげないと。
『それだけじゃわからん。もっと詳しく』
『いやね、昨日というか今日というか、その女の子の家に泊まったの。そしたらどうやら僕以外の人を好きになっちゃったみたいで』
『……は? ど、どういうこと?』
『どういうことって言われても……そういうこととしか。どうしたらいいと思う?』
はと、そこまでメッセージを送ったところで、チクタくんからの返信がなかなか送られてこなかった。
な、なんか変なこと書いちゃったのかな。一応、既読にはなってるみたいだけど。もしかして僕、嫌われちゃった? 呆れられちゃった?
もしそうだったら、僕の居場所がなくなっちゃう。僕にとっての心のオアシスなのに。
でも、返ってきた。めちゃくちゃ長文で。あー、だから返信が遅かったのね。さすがは僕。全てをネガティブに捉えてしまう。この性格、変えたいなあ、
でも、チクタくんからもらった返信メッセージの中にあった一文。それが、僕の心を動かした。勇気をくれた。
言うなれば、転機。
「――豆腐くんは逃げてるだけだ。その女の子の気持ちからも、自分の恋心からも。玉砕覚悟でいい。それでいいからぶち当たれよ。振り向かせようと意地を見せろよ。『物語』を進めようとしろよ。それができないなら――』
豆腐くんは、男として最低な人間だ――と。
チクタくんは言ってくれた。
「その通り、だな」
そうだ。僕は逃げていたんだ。
今回の葵の件だけじゃない。人生の全てからだ。何もしないで、何も努力もしないで、ただただ僕は自分の心の隙間に隠れていたんだ。そんなもの、他力本願以外の何物でもない。
僕はチクタくんに『ありがとう』と、気持ちの全てを詰め込んだ短いメッセージの返信をした。それから着替えを済ませ、家を出て道を歩く。
葵に会いにいくために。
* * *
「何しに来たの」
葵が眉間に皺を寄せた顔を見た途端、僕の覚悟は揺れに揺れた。葵がとても不機嫌そうだったから。
もしかして葵、僕が今朝、何も言わずに帰ってしまったことを怒ってるのかな? いや、違う。葵はそんなことではまず怒らない。
「えーと。べ、勉強を教えようかなと。ほ、ほら! 毎日教えてって言ってたじゃん。だから来たんだけ、ど……」
「ふーん、そうなんだ。勉強を教えるため『だけ』に来たんだ。ふーん。でも私、今はそういう気分じゃないし。勉強したくないし」
「そ、そっか。そういう時もあるよね」
それにしても、葵がここまであからさまに態度に出すのも珍しいな。幼馴染で長い付き合いだけど、こんな葵は見たことがなか――ん?
今、妙な既視感を覚えた。デジャブとでも言えばいいのかな。
思い出せ。いつだ? いつ、今の葵の表情と同じものを僕は見たんだ?
僕は記憶の残滓をかき集めた。頭の中を掘り起こすようにして。
そして――
(そうだ! あの時だ!)
思い出した。幼稚園の頃だ。あの時も葵は、今と同じ様に眉間に皺を寄せていた。正直、記憶はおぼろげで、理由は忘れてしまっちゃってる。
でもひとつ、ハッキリと覚えてることがある。
あの時の葵は、不機嫌でもなんでもなかった。
ただ、拗ねていたんだった。
「なによ。人の顔をジロジロ見て。キモいんだけど」
うん。まずは今の葵を元に戻さないと。とりあえず話題を変えよう。だけど、何があるかな? 元の葵に戻すのに一番有効そうな話題。興味のありそうな話題。それを考えないと。
――そうだ! どうなるか分からないけど、話題は一応あるじゃん!
「ね、ねえ、葵? ちょっと恋バナでもしない?」
「――え!? な、ななな、なんで? なんでいきなり恋バナ!?」
「うん。そういえば葵とそういうことでお喋りしたことないなあって。それに、僕も少しずつでもいいから、この性格を変えたくて。恋って人の心の奥底まで変えちゃうことってあるじゃん? それでと思って」
そうだ、これでいい。これでいいんだ。
振られるのを怖がってばかりじゃダメだ。チクタくんも言ってたけど、僕は逃げてばかりだった。だけど、少しずつでもいい。自分を変えていかないと。
告白するのは今じゃないかもしれない。でも、その時は玉砕したっていい。葵に対する自分の気持ちを伝えることができれば、知ってもらうことができれば、それだけでも構わない。
は僕の『恋物語』は、僕自身で動かしてやる。
「ちょ、ちょっと飲みもの持ってきます!!」
そう言い残して、葵は足早に部屋を出ていった。でも、なんか違和感が。葵のやつ、やたら焦ってたように見えたんだけど。それに、もしかしたら見間違えかもしれないけど、葵の顔、少し紅潮してたような……。
好きな相手のことでも考えてたのかな?
* * *
「あははっ! ねえー。やっぱりそうだよねえ。うんうん。私もずっと思ってたの。あの二人、絶対に付き合ってるって! 憂くんもそう思わない?」
「思ってたよ。でも僕、その二人と話したことがないからさ。よく分かってないかも」
「あははっ! だよねー。憂くん友達いないもんねー。一人もいないもんねー。あー、可哀想。でも大丈夫! この葵様がいるから! だから憂くんは安心して、これからもボッチ生活を楽しんでね。あはっ!」
「うるさいなあ。それ、楽しそうに言うことじゃないでしょ」
よかった。いつもの葵だ。やっぱり葵には笑顔が一番似合ってるよ。ずっと、ずっと笑っててほしい。それが僕の願いだ。
「はあーー。二人のこと考えてたら、なんか私の方まで恥ずかしくなってきちゃったよー」
両手を頬に当てながら、葵はとろんとした表情で、話題に上がった二人のことを考えてるみたい。体をモジモジ――どころかクネクネさせてるし。
じょ、女子って恋バナが好きだとは聞いてたけど、こんなふうになっちゃうんだ。
それにしても、恋バナって普通は自分の恋だとか好きな人のことだとかを話したりするはずなんだけどなあ……。
でも、まあいいか。
葵、すっごく楽しそうだし。それに、変に焦ったって何の意味もない。少しずつ、一歩一歩前に進んでいこう。そうすればきっと、ゴールに近付けるはず。
ハッピーエンドという名のゴールに。
「まあ、みどりちゃんってすっごく可愛いし。今まで彼氏がいなかったのが不思議なくらいだったもん。憂くんもそう思わない?」
「うーん、可愛いとは思うけど……」
「思うけど? で、その続きは? あー、何か隠してるでしょ。葵様にかかれば憂くんが考えてることなんかすぐに分かっちゃうから。ウシシッ」
「はいはい、そうですか。分かった分かった。確かにまあ、みどりちゃんって可愛いよね。愛想もいいし。気も利くし。葵とは大違いだよね」
「ぶーっ。うるさいなあ。そうせ気が利きませんよーだ」
「まあ事実だから許してよ。でも、それでも僕は、葵の方が可愛いと思うけど」
「――え」
「あっ……」
一瞬、時間が止まったような感覚を覚えた。
いけない。寝ていないせいで頭が少しボーッとしてたから、考えなしに思ってることをそのまま口に出しちゃった。
「な、なな、なんで今さらお世辞なんて言うの?」
「べ、別に。お世辞なんかじゃないよ……」
怖々と、葵の顔をチラリと見た。
すると葵は、まるで熟れたトマトのように顔を赤面させていた。そして、訪れた沈黙。まるで別の世界に飛ばされたかのように、部屋の空気感が変わった。
僕の体温も一気に上がって、たぶん今の顔は真っ赤になってると思う。
僕も葵も、お互いに顔を見られまいと後ろを向いた。そして、背中合わせになったまま、沈黙は続いた。
それが、このまま永遠と続くのではないかと思う程に。
「――どうして今、そんなことを言うの?」
「し、知らない。そう思っただけ」
僕の心臓が、今にも破裂しそうな程に高鳴っているのを感じる。
「でも、そう……なんだ。そう思っててくれてたんだ」
「い、嫌だった?」
「ううん、そんなことない」
少しだけ、動き始めた気がした。前に進んだ気がした。
今は、前に進む道の先に、光があること。
それだけを信じよう。
『第6話 ボッチのひとりごと【2】』
終わり