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撮影の合間。
スタジオ横の機材倉庫、ちょっとした通路を抜けた先の誰もいないスペースで、
目黒はたまたま飲み物を取りに来ていた。
そのとき、聞こえてきた。
「今夜、どうする?」
宮舘の声だ。
静かで低い、抑えたトーン。
「どっちでも。……ただ、呼んだのはお前だよな?」
岩本の声。
落ち着いてるけど、明らかに含みがある。
(……ん?)
ただの会話。それだけのはずなのに、
目黒の中に、何かが引っかかった。
——呼んだのはお前。
——今夜、どうする。
言葉は曖昧なのに、空気だけが妙に熱を帯びていた。
2人はそれきり会話をやめて、すぐに立ち去った。
目黒はその場に立ち尽くしていた。
心臓が、変な音を立てていた。
⸻
夜、目黒は岩本にLINEをした。
【明日、飯行きません?】
珍しい連絡だったが、岩本は「いいよ」とだけ返してきた。
店で軽く食事を終えたあと、タイミングを見て切り出す。
「……岩本くん、さ」
「ん?」
「昨日、スタジオのとこで話してたじゃないすか。舘さんと」
岩本が、箸を止めた。
「聞こえてた?」
「……ちょっとだけ。なんか、空気、変だった」
沈黙。
少しの間をおいて、岩本は笑った。
でも、その笑いには力がなかった。
「気のせいだろ」
「ほんとに?」
「目黒、あんま深入りしない方がいいよ」
静かに、けれどはっきりと。
それは、やんわりと拒絶する声だった。
⸻
数日後。
目黒は今度は宮舘に、個人的に声をかけた。
「この前さ……岩本くんと、なんか話してたでしょ。夜の予定とか」
宮舘は、少しだけ目を細めた。
目黒の性格を、よく分かっている目だった。
「……聞こえてたんだ?」
「うん。なんか……気になって」
「で、どう思ったの?」
「……わかんない。でも、すごい大事な話してた気がして。
だけど、それが“言っちゃいけないこと”みたいに感じた」
宮舘はしばらく何も言わずに、カップのコーヒーを口に運んだ。
「目黒」
「はい」
「大人って、たまに“意味なんてないふりして、意味あることする”んだよ」
「……意味、あるんすか?」
「さぁね。でも、君がそう思ったなら、あったのかもね」
その言葉だけを残して、宮舘は席を立った。
⸻
目黒は、帰り道の電車の中でずっと天井を見ていた。
宮舘も岩本も、何も言っていない。
でも、その何も言ってない感じが、逆に全部を物語っていた。
(……付き合ってるとか、そういう感じじゃない。もっと、もっと静かな関係)
誰にも踏み込まれたくないような、
でも、自分からも逃げられないような。
言葉にすれば壊れそうな、
火のついたまま、目を逸らしてる関係。
目黒はその夜、何も言えないまま、眠れなかった。