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ゆゆゆゆ
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ネオンが滲む高級バー。
重たい扉をくぐった瞬間、エリオットは少しだけ後悔した。
場違いだ、って顔に書いてあるのを隠せない。
「……ほんとにここ来る必要あったか?」
カウンターに肘をつきながら、ぼそっと呟く。
隣ではチャンスがやけに落ち着いた顔でグラスを回していた。
「お前が一度行ってみたいって言ってたんだぞ」
「……それは、まあ、そうだけど」
軽く言ったつもりの過去の自分を殴りたい。
その時だった。
「ご注文お決まりですか?」
甘く柔らかい声。
振り向いた先には、黒いバニースーツに身を包んだ女性。
長い脚、整った笑顔、距離が近い。
チャンスは自然に顔を上げる。
「ああ、じゃあ——」
さらっと会話が始まる。
普通に、落ち着いて、余裕そうに。
エリオットの指先が、グラスをぎゅっと強く握った。
(……なんだよ、それ)
視線がどうしてもそっちにいく。
バニーガールはチャンスの方へ体を少し傾けて、笑っている。
チャンスも、普段の軽口より少しだけ低い声で返している。
(……距離、近くないか)
喉の奥がじわっと熱くなる。
別に、何もおかしくない。
ここはそういう店だし、チャンスも客として普通に接してるだけ。
分かってるのに。
「……」
気づけば視線を逸らしていた。
氷が溶ける音だけがやけに響く。
「——で、こちらでよろしいですか?」
「助かる」
やり取りが終わる。
バニーガールが離れていく。
それでも、エリオットの中の何かは戻らなかった。
沈黙。
チャンスが横を見る。
「なんだよ、その顔」
「……別に」
即答。少し強め。
チャンスは小さく笑う。
「分かりやすいな」
「うるせえ」
エリオットはグラスを置いた。
「……楽しそうじゃん」
ぽつり。
自分でも思ったより低い声だった。
チャンスの手が止まる。
「何が」
「さっきの。……ああいうの、好きなんだろ」
「は?」
ほんの一瞬の間。
「いや、普通だろ。客と店員だ」
「……ふーん」
納得してない顔。
チャンスはため息をつく。
「お前が行きたいって言ったから来たんだろ」
「だからって——」
エリオットは言葉を詰まらせる。
言いたいことが、うまく形にならない。
悔しくて、ムカついて、でも理由がはっきりしない。
「……なんかムカつく」
結局それだけだった。
チャンスは数秒黙ったあと、くっと笑う。
「それ、嫉妬って言うんじゃねえの」
「は?ちげえよ」
即否定。早すぎるくらい。
「じゃあなんだよ」
「……知らねえ」
視線を逸らす。
耳が少し赤い。
チャンスはグラスを置いて、少しだけ身を寄せた。
距離が一気に縮まる。
「なあ」
低い声。
エリオットがちらっと見る。
「俺、ああいうのに興味あると思うか?」
「……さあな」
素直になれない。
チャンスは肩をすくめる。
「残念だけど」
少しだけ間を置いて。
「目の前にもっと面倒で目離せねえやつがいるからな」
「……は?」
エリオットが顔を上げる。
チャンスの視線はまっすぐだった。
逃げ場がないくらいに。
「誰のこと言ってるか分かるだろ」
「……知らねえって言ってんだろ」
でも、声が弱い。
チャンスはまた笑って、さらに距離を詰める。
「ほんと分かりやすいな」
指先でエリオットのグラスを軽く押す。
「拗ねてんのバレバレ」
「拗ねてねえ」
「じゃあその顔やめろ」
「……無理」
ぽつり。
小さくて正直な音。
チャンスの目が少しだけ柔らかくなる。
「……しょうがねえな」
そう言って、エリオットの手首を軽く掴む。
「な、何すんだよ」
「落ち着けって」
指が絡むほどじゃない、でも逃げられない距離。
「ここで変な顔してる方が目立つ」
「……誰のせいだよ」
「俺じゃねえな」
即答。
「お前が勝手に嫉妬してるだけ」
「だから違うって——」
言いかけて、止まる。
チャンスがじっと見ている。
逃げ場を塞ぐみたいに。
「……」
数秒の沈黙。
エリオットは観念したみたいに息を吐く。
「……ちょっとだけ、だよ」
「はいはい」
チャンスは笑う。
「十分だ」
そのまま手を離さずに、グラスを持ち上げる。
「ほら」
軽くぶつける。
小さな音。
エリオットは少しだけむっとしながらも、それに応じた。
「……次はああいうの、なしな」
ぼそっと。
チャンスは肩をすくめる。
「店変えるか?」
「……いや」
少し考えて。
「……お前がちゃんとこっち見てるならいい」
その一言に、チャンスは一瞬だけ目を細めた。
「最初からそうしてる」
エリオットは顔を逸らす。
でもさっきより、ほんの少しだけ機嫌が戻っていた。