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エージェント67
フィオナ、ユリウス、オスカーの三人は、まだ魂が抜けたような顔で機械的にスプーンを動かしている。…無理もない、猫がいきなり自分達の「躾」について説教を始めたのだから。 だが、リーダーのアルベルトだけは違った。彼は何事もなかったかのように、悠々とナイフとフォークを使いこなしている。その落ち着きぶりには、私ですら少し感心してしまった。
今日の昼食は、いつも通りのメニューだった。
きつね色にこんがり焼けた厚切りトーストに、溢れんばかりの脂が乗ったジューシーなウィンナー。ぷるぷると震える目玉焼きに、宝石のように瑞々しいサラダ。そして、湯気を立てる黄金色のコーンスープ。
仕上げのデザートには、小さなプチパンケーキと――…見たことがあるようなないような、赤い三角形の果物が添えられていた。
…確か苺だっけ?
あれっと自分でも困惑した。
苺という単語は、五百年前の私の記憶には存在しない、未知の果実。私はフォークの先で、その粒々とした赤い表面を、壊れ物を扱うようにそっと突っついてみた。
…まぁいっか。
考えるのをやめ、私は苺をフォークで無造作に突き刺した。ぷちりと皮が弾け、鮮やかな赤い果汁が溢れ出す。そのまま口へ運ぶと、弾けるような甘酸っぱさが広がった。
…どこか、泣きたくなるほど懐かしい味がした。
「そういえばリリアーナ、今日は冒険者ギルドに行く?」
アルベルトの問いに、私は苺を噛み締めながら考える素振りをした。
正直に言えば、面倒くさい。けれど、このままではパーティ全員の足を引っ張ることになるのは明白だった。
冒険者には個人の『ランク』がある。
アルベルトは最高峰のSランク、フィオナはBランク…。この四人が揃えば、パーティとしてはSSランクの依頼すら受けられる実力がある。
けれど、新人の私が入ったことでその計算が狂う。私のギルドランクは、最低評価の『E』。そのせいで、パーティ全体の公認ランクはBからCへと格下げされてしまうのだ。
「行く」
私の短い返答に、真っ先に反応したのはバッグの中の駄猫だった。
最初に反応したのはルーネだった。
『やれやれ。今日は何やら、一嵐来そうな予感がしますね』
…聞こえない。何も聞こえない。
不吉なことを抜かすルーネに言い返したい衝動を、私は紅茶と一緒に飲み込んだ。これが「大人の対応」というやつだ。
…いつまでも、私が子供のままだと思わないでね。
内心でそう毒づきながら、自分に言い聞かせるように一人で深く頷いた。
「あ、それなら『薬草採取』の依頼なんてどうですか?地道ですけど、珍しい草を見つけるのってめちゃくちゃ楽しいんですよ!」
ポカン、と。私は目の前の少女を二度見した。
…フィオナ、だよね?本当に。
私の知っている彼女は、もっと消え入りそうな声で喋る人見知りだったはずだ。今の彼女からは、薬草への異常な情熱さえ感じる。
「フィオナも、ようやく緊張が解けたみたいだね」
ユリウスが、まるで自分の娘を見るような生温かい目で、フィオナの頭を優しく撫でた。
「絵になるね」
私がボソッと呟くと、隣でアルベルトが苦笑いを浮かべた。
「確かにね。並んで座っていると、本当の美兄妹だよ」
「なっ………!?そ、そんなことっ!」
フィオナはかぁぁぁっと耳まで真っ赤になり、両手で顔を隠してしまった。
右に目をやれば、ユリウスはにっこにこと「当たり前ですよ〜」とでも言いたげな全開の笑顔を浮かべている。
左に目をやれば、無口なオスカーまでもが、深く、深く同意するように何度も頷いていた。
『お嬢さん、これは……カオスですね』
バッグの中からボソリとルーネが念話を送ってきた。
不本意ながら、その言葉に全面的に同意してしまった。
パチン、と。
私がひとつ手を叩くと、浮き足立っていた全員の視線が、吸い寄せられるように私へと集まった。
「……行こっか」
私が短く一言そう告げると、皆、申し合わせたように一斉に食器を片付け、旅の準備へと動き出した。
◇
冒険者ギルドでの手続きは、アルベルトが手慣れた様子ですべて済ませてくれた。私はただ、言われるがままに森の前に立っている。
…大きい森。
「じゃあ、やろっか。今日はこの『陽だまり草』の採取がメインだ」
アルベルトの合図で、作業が始まる。
指先一つで山を飛ばせる私に、花の茎を一本ずつ掴んで横に折れというのか。
…地味。地味すぎる。
一時間も経てば、体力ではなく根気が尽きそうだった。
森に入って一時間。地味な薬草採取は、意外にもあっさりと終わりの時を迎えようとしていた。
フィオナたちが珍しい薬草を見つけて奥へ駆けていったため、気づけば私とアルベルトの二人だけが、木漏れ日の下に残されていた。
「リリアーナ、手、止まってるよ」
「…少し、飽きただけ」
嘘だ。本当は、隣に立つアルベルトの存在が近すぎて、魔法の制御よりずっと難しい「自分の心音」を抑えるのに必死なだけ。
いたたまれずその場から逃げ出そうと、立ち上がり歩き出した――その時だった。
「危ない!」
突き出た木の根に足を取られ、視界がぐらりと揺れる。
地面に叩きつけられると思った瞬間、強い力で腕を引かれ、私はアルベルトの胸の中に閉じ込められていた。
「…ったく、お転婆だな」
頭上から降ってきたのは、呆れたような、でも酷く愛おしそうな苦笑い。
見上げれば、木漏れ日に透ける彼の瞳が、吐息が触れそうなほど近くにあった。
「……転けても自分で治せる。それより、離して」
「嫌だと言ったら?」
「……っ」
このくらいの距離、身体強化を使えば簡単に吹き飛ばせる。
…吹き飛ばせ……吹き飛ばせ……動け、私の身体!
必死に命じても、なぜか指先一つ言うことを聞かない。ドクンドクンと耳元でうるさく鳴り響く心臓の音に、自分でもうんざりする。
「君はいつも独りで戦っている気がする。…たまには、俺を頼ってよ」
なんのことか、さっぱり分からない。
けれど、囁かれた言葉が温かすぎて、喉の奥がツンと熱くなった。
「見つけました!」
遠くから響いたフィオナの元気な声に、私たちは弾かれたように離れた。
「……帰ろ」
私は真っ赤になった顔を隠すように、バッグの中で呑気に寝ているルーネを叩き起こし、逃げるようにスタスタと歩き出した。
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