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それでは、
どうぞ。
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我が社では10月ごろに人事異動が行われる。
突然の人事異動に毎度驚かされているが、今年は去年とは比べ物にならないくらいオフィスがざわついていた。
その中心の話題は鶴屋課長の名前が、他部署の責任者として掲示されていることだった。
『鶴屋課長ってついこの間課長に就任されたばかりですよね?』
🩷「そうやね。」
『出世コース間違いなしですね!すごいな〜。』
後輩の言葉通り誰もが祝福する出世コースであり、栄光だった。
でも、未渚美だけが笑えない。
彼女が社員に取り囲まれて祝福を受ける中で未渚美だけが1人佇んでいた。
🧡「菱田さん。」
突然名前を呼ばれて驚いて顔を上げると、つい先程まで話題の中心にいた人物が未渚美の隣に立っていた。
🩷「鶴屋課長、おめでとうございます。」
🧡「ありがとう。、…この部署菱田さんに任せたからね。」
🩷「はい、頑張ります。」
後輩として未渚美が言葉にできる精一杯だった。
その後も部署の社員一人一人に声をかける彼女の姿を黙って見つめるしかなかった。
ーーーー
その夜。
家で2人きりの時間を過ごしていると、何気なく美咲さんが隣に座った。
🧡「異動したら距離できちゃうね。」
🩷「そうですね。」
🧡「不安?」
優しい問いかけに正直に頷く。
そんな未渚美を見て美咲はゆっくりと近付いた。
🧡「距離ができても、立場が変わっても私が未渚美を選んだ事実は変わらないから。」
🩷「でも、会う時間は減ります。」
🧡「そうだね。」
淡々とした表情で認める美咲に、未渚美は口を尖らせる。
🧡「それでも一緒にいるかどうかは距離じゃなくて意志の問題だよ。」
その言葉に胸が締め付けられる。
いつまでも頼ってばかりじゃいられない。
🩷「じゃあ次は私が追いかけます。」
その言葉に美咲がふっと微笑んだ。
🧡「頼もしいね、笑。」
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美咲が異動した後の生活は簡単なものではなかった。
出勤や退勤、起きる時間や寝る時間だって同じようになることが減っていった。
会える時間は減るし、すれ違いもある。
でも報告の電話の後、必ず一言彼女は言葉をくれる。
🧡「今日部長が未渚美のこと褒めてたよ。」
🧡「私も未渚美のこと誇りに思ってる。」
会えなくてもどうにかして2人は糸を紡ぎあってきた。
それでも関係が崩れるのは些細なことである。
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いつからか仕事の忙しさを理由に報告の電話すら無くなってしまっていた。
異動してから彼女はさらに完璧になって、前よりもっと色んな人から頼りにされている。
誰に対しても平等で、誰に対しても柔らかい。
若手の相談にも丁寧に乗り笑顔を向ける。
『美咲さんって本当に素敵ですよね。』
皆が美咲さんを褒めるごとに誇らしい気持ちになる。
でも同時に、胸がひりついてしまう。
未渚美には2人きりの時間が減ったことを責めることはできない。
それでも理解ある彼女を演じるには寂しさが溢れすぎていた。
仕事中はもちろん、終業後も「今日は会議があるから」と遠くに行ってしまう彼女の背中を見つめる。
🩷「お疲れ様です。今から帰ります。」
🧡「うん、お疲れ様。」
温かみのない短いメッセージが羅列したスマートフォンの電源を切った。
わかっている。
彼女はみんなの期待に応えようとして完璧になりたがる。
彼女は求められた姿で、皆の憧れであろうとしている。
特定の誰かと親密だと悟られないように。
公平で隙のない上司でいるために。
🩷「ご飯作って待ってますね。」
既読だけが付く。
色んな人から求められすぎる彼女が、唯一求める私の姿を崩すわけにはいかない。
だから、何も感じていないフリをしてやり過ごす。
でも。
廊下ですれ違っても目は合わない。
会議で意見を言っても必要以上に距離を取られる。
他の部下には笑うのに自分にはきちんと上司の顔しかしない。
『未渚美さんって鶴屋さんと仲良かったですよね…?』
🩷「…うん、異動前までやけど。
『忙しいんですかね、。」
後輩にまで関係を心配される始末。
こんなの普通の仕事関係ではない。
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ある日、とうとう限界の来た未渚美は美咲を問い詰めることにした。
終業後、誰もいなくなったフロア。
唯一パソコンの電気に照らされている彼女のデスクの前に立つ。
🧡「、…何ですか?」
資料から顔を上げることなく、淡々と仕事と向き合う彼女の声色は変わらない。
🩷「、少しいいですか。」
沈黙が過ぎた後、顔を上げた彼女の瞳は恐ろしいほど冷静だった。
🧡「何?」
距離が遠くて、痛くて泣きそうになる。
🩷「最近、避けてるやんな。違う?」
一瞬だけ彼女の瞬きが変化する。
それが何よりの答えだった。
🧡「そんなことない、……それに今、会社。敬語。」
🩷「あるし、。」
声が震える。
何だか目の前にいる何よりも大切な人が、知らない人のように思えた。
🩷「みんなにはあんなに笑うのに、なんでみいには上司の顔しかしないん?」
沈黙の後、彼女から小さくため息が漏れる。
🧡「それが正しい距離なの。」
静かな返答に胸がぎゅっと締め付けられる。
🩷「みいは、みんなやない。」
その言葉に美咲さんの視線が揺れる。
🩷「美咲さんの恋人。」
🧡「未渚美に何がわかるの?私は誰よりも公平でいないといけない立場なの。」
🩷「だからって、」
🧡「未渚美だけ特別扱いしてるなんて思われたくない。」
それが彼女なりの距離だって分かっている。
それでも全てにして納得して許せる優しい恋人にはなれなかった。
🩷「特別やないなら恋人やめません?」
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