そのあまりに衝撃的な事実、そしてそれを行なった真帆の心情に、僕はどうしたらいいのか、どんな反応をすればいいのか、どんなふうに真帆を見れば、声をかければいいのか、何もかもがわからなかった。
真帆の行動はあまりにも衝動的であり、無分別で、自分勝手極まりない行為だった。どこにも擁護すべき点はなく、だからこそ真帆自身も誰にもこの事実を告げず、そして自分の中にひた隠しにしていたのだろう。真帆はどんな思いで、どんな気持ちで……いや、わかる。真帆の気持ちが、僕の中に伝わってくる。けれど、それをどう言葉で表現すればいいのか僕にはわからない。この複雑な感情を言葉にすることなど、到底不可能だと僕は思った。そしてそれを言葉にする必要も感じなかった。
真帆は――ただ必死だったのだ。
「……真帆」
短く、僕は口にする。
「――幻滅したでしょう?」
真帆は、決して視線を合わせることなく、ただ俯いたまま、今にも泣き出しそうな声で小さく呟いた。
僕は、首を横に振る。
そんなことは、ない。幻滅なんて、僕はしない。真帆には真帆の気持ちがあって、思いがあって。
確かに真帆の行為は許されるようなことじゃない。
この事実がみんなの知るところとなれば、きっと色んな人が真帆のことを――
「真帆」
僕は真帆に寄り添い、そしてそっと抱きしめた。
真帆は両手で顔を覆い、肩を揺らして泣いていた。
あの時――保健室で泣いていた時のように、真帆は、ただ、泣いていた。
「……このことは、乙守先生の他に、誰が知っているんですか?」
僕は真帆を抱きしめたまま、乙守先生に視線を向ける。
乙守先生がどうして真帆のこの秘密を知っているのか、それがとても気になった。
たぶん、あの魔法医が、全魔協の会長たる乙守先生に真帆のことを報告したということなのだろうけれども。
「誰も知らないわ。……言ったでしょう、未来の視える天球儀で視たって。楸さんにつけた魔法医の金ヶ崎は誰にもあの件は口にしていないわ。もちろん、加帆子もこのことは知らない。知っているのはただひとり、私だけよ」
「知っていて、真帆を止めなかったんですか?」
「だから、言ったじゃない。必要なプロセスだったって。夢魔を暴走させた楸さんを止めるために、あなたたちの子供――カケルくんは必要な存在だったのよ」
「でも、そもそも夢魔自体が生まれることを止めることだってできたんじゃ」
「それも無理。魔法使いの魔力を喰らう存在の誕生をどうやって止めればいいかなんて、私にだってわからなかった。アレは生まれるべくして生まれた。馬屋原の、新たな生命体を生み出す研究とは関係なく、そもそもそうなる定めだった。そしてアレを吸収できたのは、楸さんだけだったの。その楸さんがシモハライくんと出会い、その結果としてカケルくんが産まれ、彼が夢魔を暴走させた楸さんを止める――ここまでは絶対に変えられない未来だったのよ、私にもね」
「……真帆から夢魔を抜き出して、自身の中に移動させることは可能なのに?」
「できないわよ、そんなこと」
「……はい?」
「……へ?」
これにはさすがの真帆も、目を真っ赤にしたまま、呆気に取られたような表情を乙守先生に向けたのだった。
「……そうなんですか?」
「そりゃそうよ。いくら馬屋原の研究があったからって、魔力を喰い物にするような存在に、何が起こるか解らないような不安定な魔法を使えるわけがないじゃない。最悪、移動させている途中に私の魔力を夢魔が喰らって、再び夢魔が暴れ出す可能性だってあるのよ? そうなったら誰が夢魔を止めるわけ? きっと楸さんでも止められないと私は思うわ。そうなったら、今度こそ夢魔は世界中の魔法使いを皆殺しにしちゃうかもしれないでしょ? 楸さんだからこそ今現在も抑え込めているのであろう存在を、私にだって抑え込めるって思えるほど、私は思い上がっちゃいないわよ。そんな危険なんて、絶対に冒せないわ」
僕らは思わず視線を交わし、再び乙守先生に視線を向けた。
乙守先生は腰に手を当てニヤリと笑んで、
「――だから、この嘘もまた、必要なプロセスのひとつに過ぎなかったのよ」
そんな乙守先生に、真帆は泣き腫らした目を三角にしながら、
「……ひどい」
「まぁ、そう言わないで。あなたもシモハライくんに真実を語れて、少しは胸のつっかえが取れたんじゃない?」
僕は真帆に視線を向け、なるべく微笑みながら頷いた。
真帆はほっとしたような、安堵したような、何とも言えない表情を浮かべて、
「……許してくれるんですか、私の勝手を」
「真帆がやらかすのは、いつものことだろ?」
「こんなにとんでもないやらかしなのに?」
「どんなやらかしでも、僕は真帆の味方だよ」
「怒らないんですか? 勝手に――子供を作ったこと」
「……驚きはしたけどね。この秘密は、ふたりで抱えていこう」
「……ごめんなさい。それから、ありがとう、ユウくん」
「ううん」
僕は首を横に振った。
そんな僕らに、乙守先生はあっさりいった。
「まぁ、ここでの会話や視たものは、全部忘れちゃうんだけどね」
「……またそんないらないことを」
僕が思わず口にすると、乙守先生は、
「でもまぁ、心の奥底、魂には刻み込まれているはずだから、思い出せなくなるだけって考えたほうが正しいかもしれないんだけどね」
それから乙守先生は、「さて」とひと息ついてから、
「問題は、ここからよ」
「……問題って?」
真帆は改めて首を傾げる。
「楸さんの未来。私が天球儀で視たあなたの未来を、あなたたちにも視せてあげるわ」
乙守先生はそう口にすると、静かに両手を胸の前で合わせた。それからゆっくりと、合わせた手のひらを離していく。
すると、まばゆい光がそこからもれて、辺りを明るく照らし出して
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