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康二の悲痛な懇願が、目黒の心臓を鷲掴みにする。覚悟を決め、言葉を発しようとした、その時だった。
康二の体が、ぐらりと大きく揺れた。まっすぐにこちらを捉えていた瞳から急に光が消え、その体は糸が切れた人形のように、ゆっくりと前へ傾いでいく。
「康二!」
目黒は咄嗟に身を乗り出し、崩れ落ちる寸前の康二の体を、その腕で強く抱きとめた。腕の中に収まった体は、驚くほど軽く、そして微かに震えている。
「…ごめん、もう…むり…」
意識が遠のきそうな中で、康二が絞り出した弱々しい声。それ以上の言葉は続かなかった。
その瞬間、目黒の中で渦巻いていた迷いや後悔は、すべて一つの強い感情に塗り替えられた。
――守らなければ。
目黒は、康二の「やめて」という心の抵抗を振り切るように、その体をさらに強く抱きしめた。抵抗する力は、もう康二には残っていない。目黒は康二の耳元に顔を寄せ、言葉にならない感情を吐き出すように、ただひたすらに繰り返した。
「…ごめん…っ、ほんとに、ごめん…」
その声は震え、後悔の念が痛いほどに滲んでいた。温かい液体が、康二の肩口を濡らす。
遠くで見ていた深澤が、慌てて駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫か!?」
「…ふっかさん、車、お願いします」
目黒は、ぐったりとした康二の膝裏に腕を回すと、ためらうことなくその体を抱え上げた。いわゆる、お姫様抱っこの形だ。驚くほど軽いその体に、胸が締め付けられる。
深澤は一瞬目を見開いたが、すぐに状況を察し、「おう!」と力強く頷くと、急いで車のロックを解除しに走った。
目黒は、腕の中で浅い呼吸を繰り返す康二の顔を見下ろす。青白い顔、乾いた唇、閉じられた瞼には涙の跡。自分が、彼をここまで追い詰めた。その事実が、重くのしかかる。
「…絶対に、離さないから」
それは、誰に言うでもない、固い誓いだった。
深澤が後部座席のドアを開ける。目黒は、細心の注意を払いながら、康二の体をゆっくりとシートに横たえた。そして、自分もその隣に乗り込む。
「俺ん家でいいな?」
深澤がバックミラー越しに問いかける。目黒は無言で頷いた。車が静かに走り出す。
後部座席では、目黒が康二の額にかかった汗で濡れた前髪を優しく払い、その手をずっと握り続けていた。時折、魘されたように康二の眉がひそめられると、その度に「大丈夫、ここにいる」と声をかけ続ける。
言葉は少なくとも、その行動の一つ一つが、目黒の不器用な愛情のすべてを物語っていた。今はただ、この温もりが、康二の悪夢を少しでも和らげてくれることを、心の底から祈りながら。静かな車内には、二人の穏やかな寝息だけが響くまで、そう時間はかからなかった。