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体育祭の準備で活気づく放課後の教室。
私はクラスメイトの田中くんと一緒に、競技用のゼッケンを仕分けていた。
「あはは、田中くん器用だね。助かるよ」
「だろ? こう見えて家庭科得意なんだわ。柚、そっちの安全ピン取って」
「はい、どうぞ」
指先が触れ、軽く笑い合う。その、なんてことない日常の光景が――。
ガタッ、と。
隣の席で椅子を引く、鋭い音が響いた。
「……国見くん?」
見上げると、そこにはいつもの眠そうな顔ではなく、氷のように冷めた瞳をした国見くんが立っていた。
彼は無言で私の手首を掴むと、そのままぐい、と自分の方へ引き寄せた。
「……えっ、ちょ、国見くん!?」
「……行くよ」
「え、どこに? まだ準備が……」
「……いいから。田中、これ代わって。相川は俺が借りる」
田中くんが「え、おい国見……!」と呆気に取られている間に、私は半ば強引に廊下へと連れ出された。
人気の少ない階段の踊り場。国見くんは私の手首を離すと、そのまま壁に手をついて、私の逃げ場を塞いだ。
「……痛かった?」
「……ううん、大丈夫。でも、急にどうしたの?」
問いかけても、彼は答えない。
ただ、じっと私の唇を、吸い込まれるような視線で見つめている。
「……あいつ、柚って呼んでた。……楽しそうに、笑ってた」
「……それは、ただの準備だし」
「……やだ。……俺以外のやつに、そんな顔見せるの」
彼の低い声が、耳元で微かに震えている。
いつも省エネで、何事にも無関心なはずの彼が。
今、目の前で、隠しきれないほどの嫉妬を剥き出しにしている。
「……国見くん……」
「……黙ってて」
不意に、彼の手が重なる。
ぎゅ、と指を絡めるようにして、私の手を自分の胸元へと引き寄せた。
薄いシャツ越しに、彼の早鐘のような鼓動が、ダイレクトに伝わってくる。
「……こんなに心臓うるさいの、あいつのせい。……責任とって」
「…………っ、」
逃げようとした指先を、さらに強く握りしめられる。
「……行かせない。……授業中も、放課後も。……ずっと俺の隣にいて」
それは、告白よりも重くて、甘い束縛。
夕暮れの踊り場で、私は彼の「静かな独占」が、もう後戻りできないところまで来ていることを知った。
昨日の放課後、階段の踊り場で交わした体温が、まだ指先に残っている気がする。
一晩中、国見くんの「……責任とって」という掠れた声が耳の奥でリフレインして、私はほとんど眠れなかった。
(……今日、どんな顔して隣に座ればいいの?)
重い足取りで教室のドアを開ける。
視線を泳がせながら自分の席へ向かうと、そこにはいつも通り、机に突っ伏して寝ている国見くんの姿があった。
「……おはよう、国見くん」
蚊の鳴くような声で挨拶をしてみる。
返事はない。……けれど、彼が机の下で私の制服のスカートを、指先で小さく「クイッ」と引いたのがわかった。
「……おはよ、柚」
顔を上げないまま、こもった声が返ってくる。
名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。
「……昨日、……あんなこと言ったの、覚えてる?」
「えっ、あ、うん……。心臓、すごかったよね」
「……うるさい。忘れて」
彼はようやく顔を上げた。
驚くほど耳の先まで赤く染まっていて、気だるげな瞳はどこか泳いでいる。
「……でも、田中にはもう近寄んな。……わかった?」
「……わかったよ。でも、田中くんもただの友達だし……」
「……やだ。……俺、あいつのこと、……殺したいくらい嫌いになったから」
さらりと恐ろしいことを口にする。
でも、その表情は冗談ではなく、ひどく真剣で、どこか切なげだった。
「……相川、手。……貸して」
彼は私の掌を無理やり自分の方へ引き寄せると、そこにある「自分の消しゴム」で、私の手の甲をなぞった。
「な、なにしてるの?」
「……上書き。……あいつの視線が触れたところ、全部、俺ので消す」
消しゴムで文字を消すみたいに、丁寧に、何度も。
子供じみた行動。でも、その執着心はあまりに重くて、甘い。
「……これでよし。……今日、帰りも待ってて。……部活、ちゃんと行くから」
「……サボらないの?」
「……サボって、柚に愛想尽かされるほうが嫌」
彼はそう言って、私の指先に一瞬だけ自分の指を絡め、すぐに離した。
昨日の「責任」の取り方はまだわからないけれど。
彼の中の「独占欲」が、もう隠すことのできない「恋」に変わっていることだけは、痛いくらいに伝わってきた。
コメント
9件
国見くんっ独占良すぎー、、