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魔素鎮めをしながらゲオルギア連邦の首都プラティヌムを目的地として気ままな旅を続けている私たちだが、何も行く先々で魔泉が乱れているわけではない。
どちらかというと、魔泉が乱れていることの方が少ないのだ。
それもそのはずだ。もしあらゆる場所で異変が起こっていたら、今頃世界中が大変なことになっていることだろう。
――思ったよりも世界は平和である。
「この辺りは平和みたいだねぇ」
「まあ、それが一番でしょ」
「そうだね。平和が一番」
街の教会を訪問し、報告を兼ねた会話を交わしてきたその足で冒険者ギルドへと向かっている最中、歩きながら本を読んでいるシズクの肩を押して歩くヒバナと他愛ない話をする。
わざわざ危険な戦いに赴くより、こうしてのんびりと穏やかな日常を謳歌している方が私たちの性にも合っているのだろう。
でも、そうしていられない理由だって存在する。
「主様、これから何するの?」
「えっとね、冒険者ギルドで依頼を受けるんだよ」
ダンゴに言葉を返した途端に、隣でヒバナが呆れた表情を浮かべていた。
「それって、また報酬の少ないヤツ?」
「ヒバナ、そういう言い方はよくないよ。私は誰にも受けてもらえなくて依頼者さんが困っている依頼を受けているだけだから」
私の言葉に彼女が肩を竦める。
依頼以外でももっと人の助けになることをしたいのだが、何も思い浮かばない。何かいい案はないものか。
「アンヤ、何かいい考えはないかな?」
困った末にアンヤへと問い掛ける。
答えは無反応。何も返ってこなかった。
私が何を考えていたかなんてアンヤには知る由もないので、別にこれでいいのだ。
「なになに、アンヤと主様で内緒の話? ズルいぞ、アンヤ」
ダンゴがぷにぷにとアンヤを突いている。
私はそのまま彼女の手にアンヤを預けた。まるで拗ねているダンゴがアンヤに突っかかっているように見えるがその実、それは違う。
ニコニコとしているあの子としては、ただ妹とスキンシップを取りたいだけなのだ。
このように私がお願いした日から、みんなが様々なスキンシップの仕方を考えてくれている。
この前はシズクが本を読み聞かせていたりもしていた。
こうして少しずつだがみんながアンヤを自分たちの輪に引き入れようとしている。このまま馴染んでくれればどれほど喜ばしいことだろうか。
「マスター、暑くはないですか?」
「まだ大丈夫だよ。コウカは?」
「わたしも大丈夫です」
コウカが私の顔を覗き込んでくる。
最近は夏が近づいてきているのか、お昼ぐらいになるとどんどん暑く感じるようになっていた。こうして外を歩いていると余計に暑い。
まだまだ平気とはいえ、気にせず眠っていられるノドカは凄いと思う。
◇
これは私も予想していなかった。
まさか――。
「ダンジョンに潜ることになるなんてね」
「ダンジョン! いったいどんなところなのかな?」
ダンゴはもうすっかりダンジョンに目を奪われているようだ。
冒険者ギルドでいつものようにいくつかの依頼を受けたのだがこの街の周りにはダンジョンくらいしかないらしく、依頼もダンジョンに関する物ばかりだった。
その中でも掲示板に余っていた依頼は大抵がダンジョンの下層部へ行く必要があるものなので、頑張らないといけない。
ダンジョンという単語はこの世界に来てからもよく聞いていたし、どんなものか大体の想像はつく。
たしか地中深くにできた魔泉によって生成されるものらしいので洞窟のようなものであるということは想像に難くない。
だが正直なところ、地中と言うのは息が詰まりそうな上に暗そうだし、何より危険そうだからと関わってはこなかった。
冒険者のほとんどがダンジョンに惹かれていくという感覚はいまいち分からない。たしかに冒険者っぽいとは思うのだが。
――まあ、依頼を受けたのだからうだうだ言っていても仕方がない。覚悟を決めるか。
そう思って地下へと続く入口からダンジョンへと足を踏み入れた私だったが、目の前の光景に愕然とする。
だってそうだろう、なんていったって私の前に広っているこの光景はどう見ても――草原だったのだから。
「すごい、すっごい! どうなっているんだろう!?」
「すご……って、ちょっと、あんまり遠くに行かないでよ!」
大興奮しているダンゴが楽しそうに草原へと駆け出し、それをヒバナが注意する。
一方、私はまだ目の前の現実を受け入れられずにいた。
これは想像できないだろう。目の前に広がるのは草原。青い空には白い雲と太陽が浮かんでおり、時折吹く風で芝生が揺れる。
だがここは間違いなく地下のはずなのだ。
この世界に来てから、一番衝撃を受けたのではないだろうか。
この空間、絶対に広さの比率とかもおかしい。天井があるのかわからないくらい空が広いが、そんなに下ってきた覚えもない。
《ストレージ》や空間魔法みたいなものなのだろうか。
深く考えても仕方がないので、そういうものだと納得するしかない。
「ほとんど魔物が見えませんね。冒険者が討伐したんでしょうか」
周囲を警戒していたコウカの言葉に釣られるように、私も辺りを見渡す。
たしかに、ほとんど魔物の姿がない。時折、遠くの方で動いている姿が見えるくらいだ。それよりも他の冒険者を見掛けることの方が多い。
ここはダンジョンの第1階層だから、皆が通る所為で魔物が狩られていくのだろう。
「だ、ダンジョンは魔物が生まれるまでの間隔が短いから……ま、またすぐに出てくると思うよ」
「へぇ」
本から仕入れたのか、シズクがダンジョンについての知識を披露してくれた。
そうなると、以前ラモード王国で起こったスタンピードの経過が少し心配になる。
あれはたしかダンジョンから発生した魔物が溢れかえったせいで起こったものだったはずだから、また起こるのではないだろうか。
何かしらの対処をしたらしく、実際に数日間過ごしても何ともなかったから大丈夫だとは思うが……。
「あ……」
不意にヒバナが何かに気付いたかのように声を上げる。
どうかしたのだろうか、と顔を覗き込もうとしたら隣からさらに大きな声が聞こえた。
「マスター!」
「うぇっ、何!?」
急に肩を掴まれ、後ろへ追いやられる。
突然のことで本当にビックリした。
後ろへ下がった私と入れ替わるように前へ出たコウカの手には剣が握られている。
直後、突然草むらの中から何かが彼女に飛び掛かろうとして――切り捨てられていた。
「うわ……あ、懐かしい」
飛び出してきたのは角の生えた兎、ホーンラビットだった。
かつて私が剣で戦う練習をして何度も戦った相手だ。結局、掠りもしないという苦い思い出しか残っていないが。
「どうやら草むらの中に穴を掘って、潜んでいたようです」
「そうなんだ、気付かなかったよ」
剣の血を拭き取って、ホーンラビットと一緒に《ストレージ》へ収納したコウカが戻ってくる。
ヒバナも気付いていたのか、その手には杖が握られていた。だが何事もなかったのを確認すると何も言わずに杖を戻した。
ノドカの索敵魔法に引っ掛からなかったのはホーンラビットが動いていなかったからだろうか。
――まあ何にせよ、助かった。少し大げさだった気がしないでもないけど。
そう安堵のため息をついていたら急にコウカが大きな声を出したため、私の肩が跳ね上がる。
「ダンゴ、いつまで遊んでいるつもりですか! あなたも眷属なら眷属らしく、マスターの側を離れないようにしてください! ノドカも……今までは役目を果たしていたので何も言いませんでしたが、ずっと寝ているなんてふざけているんですか。今回、魔物を見逃したのはあなたの落ち度です」
「ちょ、ちょっと……落ち着いて、コウカ! そこまで言わなくてもいいって。コウカが守ってくれたおかげで何ともなかったんだから、ね?」
「あ、あたしじゃなくてよかった……」
遠くにいたダンゴといつものように寝ているノドカをコウカが順番に睨みつけ、厳しい言葉を投げつける。
たしかに言っていることは正しいのかもしれないが、そこまで強い言葉じゃなくてもいいのではないかと思って慌てて止める。
さっきのは考え事をしながら歩いていた私にも非があるだろうし。
みんな聞き分けのいい子だと思っているので、少し言えばちゃんと自分たちで考えて動いてくれるだろう。
今回みたいなこともそう何度も起こるものではない。
「またいつもの……」
後ろでヒバナかシズクのどちらかが何かを言った気がした――2人は声まで似ているので聞き分けられない時がある――が、風に掻き消されかけていたこともあってその意図を正確に読み取ることはできなかった。
「ごめんね、今度は私も気を付けるからさ。それとさっきは守ってくれてありがとう、コウカ」
「……いえ」
コウカはまだ納得できていない様子ではあるものの、渋々頷いてくれたので胸をなでおろす。
それからは特に魔物と遭遇することもなく、ダンジョンの第1階層を突破した。
続く第2階層は荒野地帯のようだ。依頼は第3階層以降のものばかりなので、ここはまだ通過点となる。
「さっきはすみませんでした……ダンゴ、ノドカ」
「ううん、ビックリしたけど大丈夫!」
「すぅ……すぅ……」
シュンと落ち込んで、2人に謝罪するコウカにダンゴが何でもないといった様子で頭を振る。
さっきのコウカの言動は突然だったし、私も驚いたが何とか丸く収まりそうで良かったと思う。
……因みにノドカはさっきからずっと寝ているので何か言われたことにも気付いていないだろう。
ダンゴの頭を一撫でしたコウカが警戒のために私のすぐ側に戻ってきた。
「アンヤもいるから、そんなに近くにいなくても大丈夫だよ?」
「もしもの事があるといけませんから」
腕に抱いたアンヤを掲げて見せても、態度に変化は見られなかった。
初めてのダンジョンだから必要以上に気が張っているのだろうか。警戒するなとは言い辛いし、このままでいくしかないか。
「お姉さま~……前から魔物さん~……7体~……」
本当にノドカは優秀だ。寝ているとは到底、思えないくらいに。
彼女の言葉通り、たしかに遠くの方に魔物の影が見えはじめる。
あれは――ゴブリンだろうか。
それを見て、真っ先に動いたのはヒバナだった。
「私がやるわ、シズも念のため――」
「いえ、わたしがやります。先は長い。魔力消費は抑えるべきです」
《ストレージ》から杖を取り出したヒバナをコウカが制止する。
ヒバナは不満げな視線をコウカに向けるが、やがて鼻を鳴らすと杖をしまう。
「どうぞ。……ほんと、こういう時は冷静なのに……」
「何か?」
「いいえ、何も」
小さな声で呟いたヒバナにコウカが反応を示すが、彼女は肩を竦めると不機嫌そうにシズクの元へと戻っていった。
「ひーちゃん、そんなに戦いたかったの?」
「別にそういうわけじゃないけど……」
「……? ああ、そういうこと」
2人で何か通じ合っているが全然分からない。ヒバナは戦いが好きなタイプではないのは分かるのだが。
「では行ってきます」
宣言通り、コウカがゴブリンに向かって駆け出そうとしたところにダンゴが待ったをかける。
「ボクも行くよ! 挽回させて!」
挽回というのは、さっきコウカに怒られた話だろうか。
ダンゴも気にしていたのかな。
「魔力の温存が目的ですよ?」
「もちろん、分かってる。魔法を使わなければいいんでしょ? ちゃんと守るから、お願い」
ダンゴの懇願にコウカは最初、難色を示していた。
――だが見つめ合うこと数秒、彼女は確かに頷いた。
それを見たダンゴの表情がパッと明るくなる。
「行きましょう、ダンゴ」
「うん、コウカ姉様!」
2人が揃って駆け出す――が、コウカのスピードに付いていけずに距離が開いていく。
魔法を使っていないとはいえ、身長差のあるコウカとダンゴには差が出るよね、うん。
◇◇◇
ダンゴよりも早く接敵したコウカがゴブリンの集団を見回す。最初に事前情報との差異がないかを確かめるためだ。
ゴブリンの数は7体。棍棒や剣など、装備は様々だがどれも通常のゴブリンだった。
(距離は十分、これならマスターに危険が及ぶこともない)
確認を終えたコウカが《ストレージ》から取り出した剣で端にいた棍棒持ちの1体に切り掛かる。
当然ゴブリンも無抵抗とはいかず、右手に持った棍棒を彼女の胴体目掛けて横なぎに振るうが、その動きから瞬時に判断して懐へと潜り込んだコウカの左手に腕ごと抑え込まれてしまう。
そこからさらにコウカの右膝がゴブリンの腹に食い込み、その衝撃でゴブリンの腕から棍棒が滑り落ちた。
周りのゴブリンが迫って来ていることに気付いたコウカは掴んでいたゴブリンを投げ捨て、すぐさま足元に落ちていた棍棒を拾い上げるとそれも別の方向へと投げ捨ててしまう。
「ダンゴ! 武器があった方が戦いやすいはずです!」
「わっとと、ありがとう姉様!」
迫りくるゴブリンと切り結びながら、コウカが声を上げる。
追い付いたダンゴは飛んでくる棍棒にアタフタしながらも無事にキャッチしていた。
コウカは何も無造作に放り投げたわけではなかった。すべては武器のないダンゴを気遣ってのものだったのだ。
ゴブリンの中心で大立ち回りを演じるコウカに加え、意気揚々としたダンゴが参戦する。
彼女はまず、大振りした棍棒でコウカの後ろから迫っていたゴブリンを吹き飛ばした。
「ふふん、どう?」
「まだ1体目です。油断しないでください!」
コウカに期待の目を向けるダンゴだが、軽くあしらわれてしまう。
素っ気ない姉の反応に対して不満そうに口を尖らせかけるも、すぐさま気持ちを切り替えると次のゴブリンへと向かっていく。
彼女の攻撃は大振りで避けやすいが、その一撃一撃が重かった。うっかり剣を頭上に掲げて、その攻撃を受け止めてしまったゴブリンが剣ごと地面に叩きつけられる。
しかし、その衝撃で彼女の使用していた棍棒も限界を迎えてしまっていた。
「この武器、もう壊れた!」
「あなたの力が強すぎるんですよ!」
コウカが腹に剣が突き刺さったゴブリンの腕からサーベルを奪い取ると安全に考慮して、ダンゴの近くに突き刺さるように投げる。
――文句を言いながらも、何だかんだダンゴに気遣いを見せるコウカである。
礼を言いつつそれを地面から抜いたダンゴが近くにいたゴブリンに叩きつけるようにサーベルを振るった。
案の定、刀身がボロボロになっていき、もはや鈍器のように使っている。
そのため、それも長くは持たなかった。
こうしてダンゴがもう一度武器を取り換えたところでゴブリンの殲滅が完了する。
(1人で戦う時とあまり変わらないくらい疲れたような……)
コウカの中にはそんな疑問が残ったという。
でも――。
(……この気持ち……何だろう?)