テラーノベル
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「……着きましたね、新千歳。陽一さん、大丈夫? ずっと上を見てたから首、痛くないですか?」
白石さんが、僕の右腕をそっと支えながら心配そうに覗き込んでくる。
「だ、大丈夫……」
そう答えるのが精一杯だった。機内での出来事が、まだ僕の意識を支配している。腕を伝う彼女の肌の熱。そして、テーブルの上に預けられたあの柔らかな「果実」の重み。網膜に焼き付いたその白すぎる肌の陰影が、まばたきをするたびに脳裏で鮮明に再生されていた。
夕方の到着ロビーに出た瞬間、僕は足を止めた。人混みの中に、一箇所だけ「物理的な壁」が存在していた。
身長一九〇センチはゆうに超える巨体。仕立ての良いグレーのスーツが、隆起した筋肉によって今にも弾け飛ばんばかりに張り詰めている。
白石さんの兄・大地さんをさらに一回り重厚にし、北の大地の厳しさをそのまま形にしたような肉体。それは、冬眠から目覚めたばかりの飢えた「北のヒグマ」そのものだった。サングラス越しでも突き刺さってくる、すべてを見透かすような鋭い眼光。彼こそが白石家の家長、白石大五郎だった。
「パパーー!」
白石さんが、嬉しそうに満面の笑みで駆け寄る。……あれがお父さん? 似てないにも程があるだろ。
「ひよりん♡♡! よく帰ってきたなぁ! パパは寂しくて寂しくて、夜な夜な枕を濡らしたぞぉぉ!」
空港中に響き渡る声だった。さっきまで周囲を威圧していた殺気はどこへやら、娘を抱き上げて頬ずりせんばかりのデレデレな親バカがいた。猛獣から巨大な飼い犬へと変貌したその男は、僕と目が合ったとたん、再びマイナス四十度の吹雪を纏った。
「……貴様が、春川か。大地からは『ようやくゴボウ程度にはなった』と聞いていたが……。ふん、貧弱だな。俺は認めん。一ミリも認めんぞ」
精一杯の愛想笑いを浮かべ、にこやかに挨拶をしようとした僕の言葉は、氷のような冷徹な声に押し戻された。
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芙月みひろ