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「それで、社長の奥さんがただの社員の私に何の用があるんですか?」
私が呼び出したのが余程気に入らないのか、女性社員はこちらを見ようともしない。「社長の奥さんが~」なんて言いながらも、私に取っている態度は自分の方が上よ! と言わんばかりで。
なかなか気が強そうね、それなりに楽しめそうだわ。
「|刀山《たちやま》さん、あなた私のデスクで毎日楽しく遊んでるでしょう? どういうつもりなのか、聞いておこうと思って」
「は、何を言ってるんです? 社長の奥さんにそんな事する訳無いじゃないですか。仕事が出来なくて被害妄想にでもなってるんですかね」
なかなか言ってくれるわね、この子。私への敵意を凄く感じるわ。だからって大人しく泣いて帰ってあげたりしないけど。
「だいたいあなた元々お嬢様なんでしょ、無理してこの会社で働かなくてもいいんじゃないですか?」
「……つまり、刀山さんは私をこの会社から追い出したい、と。私を追い出したところで、聖壱さんが貴方を見てくれるわけでもないのに?」
意地悪い言葉で、彼女の本音を引き出そうとしてみる。ほとんど交流のない刀山さんが私を追いだしたい理由なんて、聖壱さんしかあり得ないもの。
「狭山社長はずっと……見合い相手には何の感情も無い。会社のために結婚するだけだ、と言ってました」
私は彼女にも分かるように大きくため息をついてみせた。だってそうでしょ? 私たちの結婚が会社のためだけだろうと、刀山さんには何の関係もないわけで。
「それがどうしたの? 私たちのような立場の人間がそんな結婚をすることは珍しくもなんともないわよ?」
「だったらもっと自分の立場を理解して、狭山社長にベタベタするのは止めたらどうですか? 彼はきっと迷惑してます」
はあ? 私の立場を理解するって何? 私の立場は聖壱さんの妻であり、社長の秘書ですけど。それに私から聖壱さんにベタベタしたことなんてありませんし。
「ちょっと言ってる意味が分からないわね。私の立場がどうこう言う前に、自分の立場をよく考えた方がいいんじゃない?」
確かに私はこの会社では新人だけれど、社長の妻でもある。他の人間に聞かれて立場が悪くなるのは彼女の方だと思うから。
「何ですって! アンタなんてお金があるから選んでもらえただけの、ただの成金お嬢様のくせにっ!」
「悔しかったら貴女も誰かにお金を用意してもらえば? それで聖壱さんから選んでもらえるかは分からないけれどね?」
言われたからにはちゃんと言い返すわよ? 私は大人しい妹と違って、自分の腹が立ったら我慢しない事にしているの。
それに私だって、いつまでもただのお飾りの妻でいるつもりなんて無いしね。
「偉そうに言わないでよ、アンタなんてお金しか必要とされてないんじゃない。お金さえあれば私の方がずっと……!」
あら、偉そうに言ってるのはどっちの方かしらね? 先に喧嘩腰になったのはそっちじゃないの。
確かに私たちの結婚にお金が絡んでないかと言えば嘘になる。お金があるから私が選ばれたと言う刀山さんの言葉も間違いじゃない。
だけどね……
「確かに最初は彼からも「お金のための結婚」だと言われたけれどね、今はそうじゃないらしいわよ? 聖壱さんは毎日毎晩、私の耳元で「愛している」と囁いてくれているわ。きっと今夜も……」
刀山さんに勝ち誇ったように「ふふふ」と笑って見せる。もしかしたら何か誤解を生む言い方をしたかもしれないけれど、私は一つも嘘はついていない。
「何それ、自慢のつもり? 社長もどこがいいのよ、こんな性悪女っ……!」
刀山さんはギリギリと悔しそうに唇を噛んで、そのまま私に右手を上げた。しまった、少し怒らせすぎたみたいね。聖壱さんに、あれほど気を付けろと言われていたのに――
バシッという音とともに頬に衝撃と痛みが来るはず……だったのに、それはいつまでも来なくて。
そっと目を開けてみると、私の前にはいつの間にか聖壱さんが立っていた。
「聖壱さん⁉」
聖壱さんを見ると頬が少し赤くなっていて……どうやら彼は私の事を身を挺して守ってくれたらしい。だけど、そんな聖壱さんに私は……
「何をボケッと叩かれているの。男なら避けるとか、振り払うとかしなさいよ!」
思いきり怒鳴ってしまったの。普通は「ありがとう」って言わなきゃいけないところなのに、どうして私はこうなの?
「香津美、俺が怒られる前に、俺が香津美を怒りたいんだがな?」
聖壱さんにジロリと睨まれて、首をかしげてしまった。私は聖壱さんに怒られるようなこと何かしたかしら? そんな私の疑問が彼にも伝わったらしく……
「俺は香津美に「危ないことはするな」と言ったはずだ。それなのに速攻で夫との約束を破るとはどういうことだ」
「ああ、確かにそんな事も言われたわね。でもそんな事言われたって、まさか刀山さんが手を出してくるとは思ってなかったし?」
これっぽっちも反省していない様子の私を見て、聖壱さんはちょっとイラついている様子。きっと今まで彼の傍にいた女性は何でも言う事を聞く人ばかりだったのでしょうね。
「心配して見に来てみれば暴力を振るわれそうになってるし、この状態でも反省もしようとしない。本当にお前はなんて妻なんだ!」
私の行動を注意する聖壱さんを見ていた刀山さんが、今度は私を見てニヤリと笑ったのよ。もしかしてこの人は……
「そうなんです。聞いてください、社長! この人は私を見下して酷い事ばかり言ってきて……!」
自分が聖壱さんを叩いたことなどなかったようにして、どれだけ私が酷い女かを話して聞かせる刀山さん。よく言うわよ、私の言葉に貴女も十分言い返していたくせに……
聖壱さんにあること無い事ペラペラと喋る彼女を見ていたら、なんだか何もかも面倒になって来た。
「刀山さん、それで満足するのなら好きなだけ私の悪口でも言ってて頂戴。悪いけれど私はこれで失礼するわね」
さっさと帰ろうとすると、聖壱さんから手首を掴まれる。なによ、私みたいな妻は嫌なんでしょう?
「香津美、俺の話は終わってないぞ?」
「あら、刀山さんは聖壱さんと話したいそうですよ? 私ではなく彼女の相手をしてあげたらどうですか?」
ちょっとだけ、彼の言葉に腹が立ったのは事実。私を愛してるなんて言ってたくせに簡単に私の事を……
「大事な妻に暴力を振るような女と何を話すんだ? 刀山の処分は部下にやらせるから問題ない」
「社長、そんな……っ!」
わあっと泣き崩れる刀山さんをその場に置いて、聖壱さんは私の手首を掴んだまま社長室へと連れていく。