彼は部屋をぐるりと見渡す。
それから私に目を戻して、柔らかく微笑んだ。
『なにかわからないことが出てきたら、また聞かせてもらうよ。
ありがとう、ミロ』
『……ミロじゃありません。ミオです』
『あぁ、ごめん。ミ・ロ?』
『違います、ミ・オ!
そのうち覚えてくださいね』
目が合うとドキドキするくらいのイケメンなのに、名前を間違われ続けたせいで、ときめきが薄れてしまった。
(まぁ、それくらいがちょうどいいんだけど)
いつまでもドキドキしてたら身が持たないし、片思いとはいえ、心の恋人は佐藤くんだけで十分だ。
『ごゆっくり』と、部屋を後にしようとした時、私は肝心なことを思い出した。
『……あ、それとレイ!
レイはアメリカのどこから来たんですか?』
それはアメリカ人のゲストには必ず聞く質問だった。
急に振り返った私に、レイさんは少し驚いた顔をした。
『L・Aだよ。ロサンゼルス』
その言葉に、私はぱっと顔を輝かせた。
この2年間で、アメリカからのゲストは3割ほど。
その中にL・Aからの旅行者はいなかった。
『えっ、レイはロサンゼルスの人なんですか!?』
『そうだけど……。それがどうかしたの?』
詰め寄る勢いの私に、レイさんは戸惑いを浮かべた。
その表情にはっとした私は、「しまった」と心の中で呟く。
ずっとL・Aからのゲストが来ないかと思っていたから、大げさに喜んでしてしまったけど、そりゃ不思議に思って当然だ。
私は重ねていた視線を外して、畳を見つめた。
どうしよう。
ずっと秘密にしていたことを、レイさんに打ち明けようか。
(いや、今日知り合ったばかりの相手に言う話じゃないよね……)
言いたい気持ちと、言いたくない気持ちがせめぎ合う。
(だけどレイさんはいい人そうだし……)
しばらく経ったのち、私は意を決して顔をあげた。
もしかして。もしかしてだけど。
彼がお父さんのことを、なにか知っているかもしれないから。
『私、L・Aにお父さんを探しに行きたいんです』
『え?』
『さっきノダの家族だといいましたけど、けい子さんは私の伯母です。
だから、私は「家族」じゃない。
母はもう亡くなって、お父さんとは小さいころ別れたきりで……。
私にはもう「家族」がいないんです。
だけど数年前にお父さんがL・Aにいると知って、会ってみたいと思ったんです』
お父さんのことを、私はほとんど知らない。
知っているのは古い家族写真での顔と、L・Aに住んでいるということだけ。
居場所を知ったのは5年前のこと。
けい子さん宛てに届いたエアメールの差出人が、お父さんだったからだ。
なにが書かれていたのかは知らない。
だけどそれを見て、けい子さんは怒ってすぐに破いてしまった。
びりびりになった封筒を見て、私はなにも言えず、なにも聞けなかった。
それでもその時、心の中で誓った。
どんな人かもわからないけど、L・Aにはいるんだから、探そうと。
会って私をわかるかもわからないし、会えるかもわからない。
だけど会ってみたい。
肉親と呼べる人はもう、お父さんしかいないから。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!