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「朝はパンがいい!」
妹の文香はほっぺたをぷぅと
膨らませて言った
「わがまま言うんなら自分で作りなさい!
それからコタツで食べるのはやめなさい」
桃子がキッチンへ入ると
母の由紀子がガスレンジの前で味噌汁を
注ぎながら文香に小言を言っていた
文香はいかにも不満げに
ご飯を一粒一粒食べている
寝起きが悪い中一の妹はもう
7時も過ぎているのに頭はボサボサで
ファー素材のアニマルの着ぐるみを
パジャマ代わりに着ているので
遠見ではコタツに入った着ぐるみが
ダラダラしているように見える
「おはよう母さん 」
「おはようお姉ちゃん」
桃子もごはんを注ぎながら
母にむかってにっこり笑った
母は桃子のおでこに素早くキスをした
母はコタツでゴロゴロしている文香を
睨みながらダイニングテーブルにつき
熱い日本茶を飲みながら言った
「まぁったく・・・・
本当に少しはお姉ちゃんを見習って
ほしいもんだわね~
いくら中学生だとしてもダラダラしすぎよ」
母の目線は文香と桃子を
交互に行き来していた
桃子は自室で朝の身支度をすませ
出勤準備が整ってからいつも食卓に着く
母の由紀子も近所の養老施設に
介護ヘルパーとして働いているので
朝は早く中年のぽっちゃり体形に
赤いラインが入った上下のジャージ姿
という制服をきちんと着こんで
出勤の準備は整っていた
顔は桃子に歳をとらせたぐらいそっくりだ
「あたしは逆に文香が自由で羨ましいわ」
桃子も味噌汁をすすりながら
母と二人で文香を眺める
こう言いながらも明るい末っ子の文香が
二人とも可愛くてしかたがないのだ
父が死んでから母は専業主婦から一転
介護認定資格を取り今やすっかり
養老施設の主任でキャリアウーマンになった
父が残してくれたこの家を売れば
暫くは楽な生活が出来たのだが
3人とも父の思い出が沢山つまった
この家を手放したくなかった
そんな母を桃子は経済的に助けるため
高校卒業後准看護師養成所で資格を取り
すぐに近所の国立病院で働きだした
介護の仕事の母の収入は決して多くは無く
桃子の給料が大きな支えになっていた
そういうわけでいくら同期とはいえ
看護学校をきちんと卒業した
正看護師の早苗達に内心
コンプレックスがある桃子は
そういった面でも
日頃の桃子のおとなしくて控えめな
性格を形成している要因でもあった
「すぐそうやってお姉ちゃんと比べる~
ねぇお姉ちゃん!
クリスマスのプレゼントやっぱり
スイッチがいい!! 」
「あら!あきれた!
中1になってもクリスマスプレゼントを
ねだられるなんて思っても見なかったわ」
桃子もお茶を飲みながら
言い返した
「だって!
お年玉もクリスマスケーキもいらないから
ニンテンドー・スイッチが欲しいって
言ったら考えとくってこの間言ったじゃん!
ほらっ!
今週末からクリスマスセール始まるよ
ねぇ!たまには家族で出かけようよ」
母がこそっと桃子に耳打ちする
「あなたに本体を買わせて
私にソフトを買わせる魂胆なのよ」
桃子は味噌汁を啜りながら
なるべく緊張しないように言った
「そうね・・・・
でも
今週末は早苗と1泊で旅行することに
なりそうなの・・・ 」
母と文香が同時に奇声を発した
「まぁ!めずらしい!早苗ちゃんと? 」
「クリスマスなのに二人とも一緒に過ごす
彼氏もいないの~?
超寂しいじゃん! 」
「早苗が持っているホテルのクーポン券が
今週末で期限切れになるのよ
せっかくだから二人でそれ使おうって・・・・
文香その笑い方やめなさい! 」
桃子は熱いお茶を飲みほして席を立った
「とにかく・・・
週末はあたしいないからっ
ああ・・
日曜日に帰ってきてからなら
買いに行ってもいいわよ
そのスイッチとやらを 」
「ほんとうっっ!!
お姉ちゃん!大好きっ」
文香がこたつから飛び出て桃子に抱き着いた!
キャーキャー奇声を上げている
「急がなきゃ!ごちそうさま!
文香!服ひっぱらないの!」
まとわりついてくる文香をどうにか
ひっぺがし桃子は玄関へ向かった
「働き過ぎよ」
母が桃子の鞄を持って玄関まで来た
「まだ7時半にもなってないわよ!」
「今日は色々と忙しいの!」
それは嘘ではなかった
桃子はベランダから手を振る母と
文香にニッコリ笑顔で手を振りかえすと
急いで早苗にLINEを送った
キンコン♪
「緊急事態!
出勤前にモーニングコーヒーでもどう?」
キンコン♪
「お願い!とにかく話を聞いて!」
キンコン♪
「頭がおかしくなりそう」
.:*゚.:。:. .:*゚:.。: .
:*゚..:。:. .:*゚:.。:
「何があったっていうの?
こんな早い時間に呼び出して 」
20分後病院の近くのスタバで
早苗が眠そうに大あくびをして言った
「いいたいことはわかるわよ!
でも頼みたい事があるの 」
桃子は必死の形相で早苗に言った
「もちろんここは桃子のおごりよね
ああ
あたしトールサイズのソイラテね!
ミルクは太るわ!
ねぇここで化粧していい?
あたし目が腫れてない?
昨日は飲み過ぎたわ~」
桃子は余計なおしゃべりなどしないで
早く本題に入りたかった
でもやっと核心に入れたのは急な呼び出しと二日酔いでフラフラの早苗に
少し頭をシャキッとさせてもらうため
さんざん早苗のおしゃべりを
聞いてからだった
「もちろん!いいわよ!
どうぞあたしをH旅行の
アリバイに使ってちょうだい!」
H旅行と聞いて桃子の頬は赤くなった
感のいい早苗ならピンとくるはずだと
考えていた
「で?その男の人って誰?
あたしの知ってる人? 」
早苗は興味に瞳を輝かせていた
桃子はためらったこの秘密をだれかに
打ち明けるとしたら早苗だ・・・・
でも・・・
変な誤解をさせたら・・・
「いい~じゃない!
ここまで協力するんだから教えてよ!
あなたの事ならなんでも知ってる
親友なのよ!」
「そんなに大事ではないのよ・・・・
その・・・・実は新藤先生なの・・」
「新藤先生ですってっっ???」
文字どおり早苗は飛び上がった
「何がそんなに大事じゃないの?
大変じゃない!さぁ!すっかり話して!
あらいざらい! 」
早苗は桃子の手首を痛いほど握りしめた
昔からこうだった
早苗は本当に自分の事を
親身になって考えてくれている
もっとも反対の立場に立ったら
自分も同じように喜ぶに違いない
桃子は昨日早苗達と別れてからの事を
すっかり話した
話終わる頃には早苗はうっとりと
ソイラテを飲み干してしまっていた
「まぁ!奇跡だわ!
昨日28歳になっても一人だって
ふさぎこんでいたのに・・・
ああ・・・しかも
ロストバージンの手ほどきをしてもらえる
相手があの新藤先生なんて・・・
それにクリスマス、イブの夜・・・
出来すぎじゃない!
なんてロマンティック!! 」
興奮している早苗と反対に急に
桃子はふさぎ込んだ
「そんなロマンティックじゃないわ・・・
彼は・・
ただ・・・
親切心から言ってくれてるだけよ
最後のLINEのやり取りも
とても事務的だったし
それに今日彼にあったら
なかったことにしてくれって
言われたらと思うと・・・」
突然ファイル室のあの情熱的な
彼の素晴らしいキスを思い出した
桃子は思い出しただけで体が熱くなった
でも不安や自信の無さからすぐに
その炎をかき消された・・・
そんな赤くなったり
青くなったりする桃子を見て
早苗が笑って言った
「たとえそうだとしてもあの新藤先生が
桃子に言ってくれたのは
真実なんでしょ?
だったらあなたの考え方が素直じゃないわ
ましてやバージン相手に同情から
SEXしようと思う男の人なんていないわよ
新藤先生自身もどこかあなたに惹かれる
所があったはずよ 」
親友として100点満点の答えだった
しかし桃子が口を開こうとすると
早苗にさえぎられた
「たとえ新藤先生に断られたとしても
これを機会に良い女になる
努力はするべきだわ
備えるのよ!しかるべき時にむけて!」
「どうすればいいの? 」
桃子は瞳をきらめかせた
今や早苗は新しいおもちゃを手に入れた
子供のように意気揚々として語った
「まず!見てくれよ!
あなたは決してブスではないけど
そのメガネが野暮ったさを醸し出してるのよ
シンデレラさえ外見を整えないと
王子様に見つけてもらえなかったのよ!」
「そうね!その通りだわ!」
今や桃子はスマホのメモ機能に
早苗の言葉を一言一句残さず書き留めていた
「まずコンタクトレンズにすることね
今日の午後 眼科の松下先生の
スケジュールを押さえてあげるから
処方箋を書いてもらって買いに行きなさい!」
「ハイ!師匠!」
桃子は勢いよく答えた
「それから服装ね!
黒やグレーや茶色はもうやめて!
おばあちゃんじゃないんだから
女らしくかといって年相応に見える
エレガントな服でないと!
すなわち!
いつもあなたが来ている服と
真逆ということね! 」
「どこで買えばいいのかしら?」
「駅前のショッピング・モールはダメよ!
あそこはギャルや子供っぽい服しかないし
店員も子供だらけだわ 」
「そうね・・・
難波に出て高島屋に行きなさい!
下着も忘れないでね!
セクシーすぎてもダメ!
シンプルすぎてもてもダメ!」
「むずかしいわ!」
今や桃子は数学の講義を聞いているように
眉間に皺を寄せて言った
さらに早苗はスマホを出し
自分の行きつけのヘアサロンに予約を取った
「OK!
22日の午後6時ね!人気のある
ヘアスタイリストだから
任せちゃっていいわよ!
遅れないでね!
彼遅刻する客を嫌がるから」
その素早さに桃子は感心した
いつもは段取り魔とからかう
早苗をこの時ばかりは逞しく感じた
「早苗・・・・ありがとう 」
桃子は本心から早苗に例を言った
早苗も微笑んで言った
「まだお礼を言ってもらうのは早すぎるわ
上手く言ったら奢ってね 」
「もちろんよ!」
二人は空のコーヒーカップで乾杯をした
午後は早苗が予約してくれた
眼科にコンタクトレンズを作りに行った
「ハイ!OK!
最初は4時間から初めて8時間以上は
装着したままにしないように」
「ありがとうございます!先生 」
「そのほうがいいですよ
今までじつに綺麗な瞳を隠していたんだね」
白髪の眼科医が片目をウインクして言った
桃子は嬉しくなって微笑んだ
それからの数日は
ビデオの早送りのように過ぎて言った
週末まで手術がたて続けに入っている
新藤をナースセンターで
チラリと見かけるだけだし
しかも言葉を交わすのも
患者の容体など一言二言ぐらいで
週末の旅行のことなどふれもしなかった
彼にとってはそれほど重要なことでは
ないのだろうか
ひょっとして忘れてしまっているのかも
しれないそんな事を思うと桃子は
暗い気持ちになった
だが桃子は早苗の教え通り備えに対して
順調に準備をしていた
夕方早くに早退して難波の百貨店に向かった
考えていた通りに自分の
クローゼットの中をひっくり返しても
週末に彼と過ごすのにふさわしい
服は持っていなかった
早苗の書いてくれたメモを片手に
ショップに入っていった
メモには
食事の時のイブニングドレス
散歩用のエレガントなスラックス
寒い場所に行く用のニット
(色はパステル)
など書かれていた
「まるで新婚旅行に行くみたいね」
桃子は少し笑ったが気を取り直して
エレガントな店内を見渡しながら
まず新藤と過ごすディナー用の服装を選んだ
「色白のお客様にはパステルカラーが
とてもお似合いですわ 」
店員の賞賛のおせじも考慮して
桃子はピンクのフワフワのVネックの
セーターにシルバーの格子柄のタイトな
スカートを試着した
フワフワのニットはシンプルで
しかも自分が小動物になった気分にしてくれる
さらに綺麗な水色の襟ぐりにパールが
あしらわれたモヘアのざっくりニットに
ホワイトのジーンズも鏡に合わせてみた
驚いたことに美しいニットは
顔色を明るく見せてくれそれでいて
安っぽくなく悪目立ちもしなかった
「そのニットにはこちらの
グレーのコートが映えますわよ
それにお袖のファーは取り外しが
出来ますの 」
店員が持ってきた
カシミヤのコートも素晴らしかった
新藤と過ごす2日間は彼にがっかり
されなうようにステキに過ごすつもりでいた
でも彼の注意を引こうとこれみよがしに
ドレスアップするつもりもなかった
さらに桃子は彼とドライブや
散歩などをしても良いように
少し踵の高いヒールと品の良いブーツも
買った
それにあわせ
消臭剤入りのタイツに靴下・・・
小さくても存在感を醸し出す
ダイヤのピアス・・・
アイテムは次から次へと浮かび上がる
早苗の言う通りだ
どれも値段がはるものだったが
そもそも桃子が何かに金をかけることは
今まであまり無くいつも母や妹のために
金を使い自分のものは二の次だった
でも今回憧れの新藤との
デートに金を使わないで
いつ使うのだと考えを新たにした
そしてこんな悲しい事は考えたくないけど
もしこれを着る機会が来なければ・・・・
早苗の言う通り
ネットのフリマで売ればいいのだ
夜は寝つけず昼間は仕事に
集中できないまま時は過ぎて言った
コンタクトレンズを付けた桃子は
「目が大きくて綺麗だ」
とか周りには好評だったが
いつも手術に追われている
新藤の目には映っていないようだった
さらにある日
仕事を終えてから電車を乗り継いで
今度はランジェリーを買いに出かけた
昔からランジェリー売り場が苦手な
桃子は普段はネットで購入していた
それも大きな胸が目立つのが嫌いだったので
桃子の選ぶものはワンサイズ小さ目の
着心地の悪いレースや飾りなど興味はなく
しかも服から透けて見えない
ノンワイヤーの色はベージュと決めていた
しかし今回だけは女らしい
官能的なものばかりが並ぶ
店内に脚を踏み入れた時
自分も立派に大人な女性の
仲間入りができたような気がして
気後れせず店員のアドバイス通り
下着選びを楽しめた
胸を寄せて高くあげ
それでいてさわり心地が良い
シルクとレースの品の良い
セットアップを2組とお揃いの
セクシーなナイトガウンを買った
色白の桃子に断然似合うと鼻息を荒くして
進める店員の一押しの色は淡いピンク色だった
しかもまた胸がワンサイズ
大きくなっていた
綺麗なランジェリーを身に着けていると
思いはいつしか二人きりへの週末へと飛んだ
旅行に向かう彼の車の中で彼の隣に座る
綺麗な森林の中を散歩したり
素敵なツリーがあるテーブルで
向かい合って食事をしたり
そして・・・・
新藤とベッドに入る時を思い描いては
恐れと憧れに身震いする
彼の裸はどんなだろう
そして優しく愛撫してくれるだろうか・・・
自分はどうすればいいのだろう
服を脱ぐタイミングは?
先にお風呂に入らせて
もらえるかしらだって・・・・
アソコをちゃんと洗いたいし・・
処女は血が出るっていうし
ああ・・・怖いわっ
痛いのかしら・・・・
ナプキンも持っていかなくちゃ
早苗の強引な勧めによって
桃子は翌日早苗のヘアスタイリストを訪ねた
黄緑色のオウムの様な奇抜な髪型のお姉の
ヘアスタイリストは自分の事を
ジミーと呼べと言った
最初ジミーは桃子の姿を見て
これはひどい言わんばかりに息を飲んだが
元々醜いものから美しいものへ
変身させる事に生きがいを感じる
ジミーのヘアスタイリスト
魂に火をつけたのか
彼は意を決したかのように
ハサミを自由自在に操り
パーマをかけヘアカラーと格闘した
さらにジミーは家に帰ってからが勝負だと
小一時間かけて桃子にヘアアイロンの
使い方と自分で最低限見苦しく
ないようにヘアセットの方法を
手厳しく伝授した後
見違えた桃子をみて
満足のいくため息をついた
「ほおっらっ
ビビデ・バビデ・ブーよっ♪」
椅子を回転させられて鏡に映った桃子は
ふんわりと仕上がった自分の髪を見て
あまりの美しさに目を見張った
腰まであった
やぼったい真っ黒で量の多い
後ろに結ぶしかなかった自分の髪が
今や胸の当たりでクルンクルンに
フワフワと揺れている
艶やかな明るい髪は揺れるたびに
そこから光が発せられているようで
まるで別人のようだった
髪型だけでこんなに人が
変わるのかと桃子は感心した
自分の仕事に満足しているジミーが
桃子にウインクして微笑んだ
「シンデレラは魔法使いが
綺麗にしてくれたけどそれじゃ
現代ではダメ!
今は自分から努力をしている人ほど
内面から美しく輝くものなのよ
美しく装う事は人の心を
豊かにしてくれるものなの」
鏡越しにジミーとニッコリほほ笑んだ
ジミーの言う通りだと思ったのもつかの間
桃子は店を出る頃には髪を染め
パーマをかけるなんて一目に引くような 行動をした自分に後悔していた
他の人も同じように美しく
思ってくれるかどうか
自信が無くなっていた
じろじろ見られたらどうしよう・・・
派手だとみんなに噂されたらどうしよう・・・
そんなことばかり考えて
道ですれ違うスーツ姿の男性が
突然立ち止まり桃子の後ろ姿を見送ったり
また別の男性が電車の中で驚いた様子で
うっとり桃子に見とれているのも
全く気付かなかった
トボトボと暗い帰り道を歩いている時
桃子のLINEが緑色に光った
新藤からだ
桃子はドキリと心臓が跳ね
手が震えだした
・・・きっと週末の旅行を
キャンセルしてほしいってことだわ・・・
早苗・・・
ゴメン
今までの努力が無駄になってしまったわ
でもいいの
予想していたことだし
この数日間夢が見れて楽しかったから
新藤先生が私なんかを相手にするわけがない
現実を見つめ泣く準備ができた頃
思い切ってLINEを開いた
新藤
「連絡遅れて申し訳ない
週末の旅行の件だけど
勝手にここに予約したよ
君が気に入るといいけど・・・・」
信じられなかった
短い新藤のトークの次には泊まり先の
ホテルのアドレスが張り付けてあった
桃子はあわてURLをタップし
そのホテルのサイトに飛んだ
サイトのトップには素晴らしい
クリスマスのイルミネーションに飾られた
美しいホテルが一面に出てきた
桃子は立ち止まって
ずっとスマホを片手に隅々まで
ホテルのサイトを観覧した
道の真ん中に突っ立っているものだから
肩が通行人とぶつかった
美しい神戸のホテルに
二人が止まる部屋はなんとスイートだった
桃子はあわててトークを返した
「素晴らしいです
とても楽しみにしています 」
このトークの10倍以上の気持ちだった
出来ればいつも文香が送ってくるように
ハートマークのスタンプを
100連打したいくらいだった
もっともそんな事をすると
新藤に引かれるだろうから
あくまでおしとやかにスタンプは無しだ
素早く既読がつき
また新藤から返信が来た
「よかった!じゃぁ土曜日
何時に迎えに行けばいいかまた連絡ください」
桃子は奇声をあげて
スマホをほおり投げたい気分だった
こんな時は素直に喜びを体全体で表す
幼さが残った文香を真似したい気分だ
「うそじゃないよね・・・・
あたし・・・
本当に新藤先生と・・・ 」
桃子は信じられない気持ちで
夜の空を見上げた
そこにはひときわ輝く大きな星が
まるで桃子を祝福するように
一筋流れた
新藤修二はゆったりとした
皮張りのデスクチェアに腰をおろし
椅子を回して窓の外を眺めていた
今夜は寒気が一気に押し寄せてきたおかげで
空気は澄み病院の窓から見える夜景が
美しく輝いて見える
今日はとても忙しく過ごした
午前は外来患者の診察があり
それがいつもより長引いた
そのおかげで昼食はとらず
患者と患者の切れ目にドクターズラウンジで
コーヒーを一杯だけ飲んだ
やっと午後まで続いた外来が終わり
自分が執刀しなくても
手術を控えた医師達にアドバイスしたりし
病院の売店でおにぎりを2個買って
専門医用のデスクまで持ってきた
頃には昼食を通りこして
これが遅い夕食となった
忙しく働いている間は
患者の事しか考えていないが
こうして一息つくと心の中に思いが彷徨う
元妻晴美の裏切りから立ち直るまでに
すいぶん時間がかかった
しかし最初の衝撃が少し引くと
目を開けていられなくなるまで忙しく働き
もてあましている怒りをスポーツジムで
クタクタになるまで発散すれば
それほど取り乱しもしなく
生きていられるようになった
おかげで中年にさしかかっている割には
引き締まった体と医師としての威厳と
信頼と医術だけはたっぷり身に付いた
そういえば高山桃子はどうしているだろう・・・
思い出すと口元がゆるんだ
長年自分の下で働いていた
有能なナースが一度も男性に
愛された経験がない事を当の本人から聞き
そのことについて話をし
ひょんなことから自分がロストバージンの
手ほどきをするなどと言ってしまったのだ
新藤はかすかに腕組みをして首をふると
椅子に深く座りなおした
あんなことを言うなんて自分らしくない
自分はいつだって冷静沈着で
状況を正確に把握し
患者の意思を尊重し
専門医として信頼と最善を尽くしてきた
どう見てもあんなファイル室で
女性におかしなマネをするような人間ではない
とはいえ離婚してからは
恋愛ごとなどあえてバカバカしいと蔑み
遠ざけていた
しかし高山桃子は少なくとも数年間一緒に働いてきて
他の女性よりも好意を抱いている
つきあげるような恋愛の情熱はなくても
高山桃子をベッドで経験させて
あげれることぐらいなんてことない
それにあれほど自分を卑下するほど
彼女は決してブサイクではないと思う
マジマジと彼女の顔を見たことは無いが
ファイル室で思わずキスをしてしまったほど
彼女は何かそそるものがある
体も今まで気を付けて見たことがなかったが
なかなか胸も魅力的だった
あの時・・・・
28歳で処女だという事は
高山桃子にとってとても大事なことなんだろう
彼女は自分は男性を引き付ける魅力が無いと
おそらく数十年悩み
いくら酒の席でのたわごととはいえ
人生で最大の秘密を自分に知られてしまった
ことで羞恥心に打ちのめされていることは
新藤の目から見ても明らかだった
正直そんな彼女を不憫に思ったのは事実だ
そして助けてやりたいと心から思った
とにかく今度のことは慎重に計画を
立てないといけない
うまくやることが大切だ
もちろん桃子との間には愛などという
感情は少しもないが
それでも彼女にとって特別に
女性が憧れるような美しいものにしたい
それには場所が大事だ
自分の家では親しすぎるというか夢が無い
彼女も家族と暮らしている
この間ドクター仲間でゴルフに行った時の
神戸の開発地区に建設された
特別会員リゾートアイランドはどうだろう?
新藤は皮張りの椅子を窓から
デスクのパソコンに向け
ホテルのサイトを開いた
ああ そうか今はクリスマスの時期か・・・
目の前にクリスマスイルミネーション
で美しく飾られているホテルの画像を見て
ここに決めた
クリスマス直前のスイート予約だったため
空きはなかったがVIPの力を発揮し
通常の3倍の値段がかかったが新藤は惜しげもなく
クレジットカードの番号を打ち込み予約を完了した
二人でここで一夜を過ごせればきっと楽しいだろう
しかし処女を相手に
一晩で2回はできるのだろうか?
そんな事を考えている自分に驚いた
最初はかなり辛い思いをさせるだろう
自分の一物は決して小さくはない
離婚してからずいぶんと御無沙汰だ
途端に自信が無くなってきた
彼女に負担をかけないためには
たっぷり彼女を潤さないといけない
本人が驚くほど
まずはクンニで軽くイカせて・・・・・
あの好意は楽しくて好きだ
とたんに新藤の股間が意思を持ち始めた
それと同時にあのファイル室での桃子との
キスを思い出した
彼女はためらいながらも
見事にこちらの要求に答えてくれた
それどころか彼の予想以上の
素晴らしい反応をしめした
実際新藤はあそこまでするつもりはなかった
彼女はどうだったのだろう?
ここ数日忙しくて
彼女とゆっくり話をする暇がなかった
いろいろ計画を練って
彼女の気が変わって取り消されたらがっかりだ
新藤はあわてて
桃子にLINEを打った
桃子の返信を読んでほっとした
そこで自分に笑ってしまった
なんともおかしなことだろう
この自分がロマンティックな計画を
立てて楽しんでいるとは・・・・
意外とはいえ間違いなく
自分はたしかにこの週末を楽しみにしてる
少しだけ浮かれた気持ちで
窓の夜空に目をやると
ひときわ輝く大きな星が
一筋目の前を流れて行った
.:*゚.:。:. . :*゚: .。: