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「蓮華草」
センシティブなし。
🖤side
俺の名は蓮。
名家の武士の次男として生まれたが、家族を失い、今は只の盗人だ。
男でもあり女でもある俺の体は、念じると影となり、壁をすり抜けられる。
だから他人の家から金品を盗むことなど、俺にとって容易いことだった。
昨夜も裕福そうな遊女の部屋に忍び込み、高そうな髪留め等、金目の物を全て掻っ攫った。
だが、偶然其処には奉行人が出入りしていた。
持っていく物を吟味していたところを見つかり、咄嗟には影を使えず、俺はあっさりと捕まった。
以上が俺がこの牢獄に入れられるまでの経緯。
思い返して見ればつまらない人生だ。
こんな能力など持つことがなければ、俺は今よりもずっと幸せに生きられたのだろうに。
この檻の中には布団が無く、藁が敷いてあるだけで随分と粗末だ。時折寒々しい風が通り抜ける。
寒さからか、俺の意識は少しずつ薄れていった。
目蓋の裏に懐かしいあの景色が浮かぶ。
五つの頃に父親に肩車をされて登った山の奥。
父と手を繋いで笑っているのは四つ上の兄、照だ。
🖤兄上!みてぇ!お花がいっぱい!
💛ほんとだね!かわいぃ~
家の跡継ぎとして普段は冷淡な態度を取る兄も、可憐な花畑に釘付けになっている。
そんな兄が俺は大好きで、いつも可愛らしいと思っていた。
💛それにしても、お腹が減ったね。甘味が食べたくなってきた…
🖤そうだねぇ…あ!お花食べればいいんだ!
💛え?ちょっと!蓮!
照の制止も聞かず、幼い俺は花を口に放り込んだ。
墨色をした花は口の中で甘く溶け、それはそれは美味だった。
💛ちょっと!毒があったらどうするの!
照は慌てて俺の肩を掴む。だが俺の喉はごくりと花を飲み込んだ。
🖤でも甘くておいしいよ!ほらお兄ちゃんも!
💛ほんとに?蜜だけなら…
周りの目を気にしながら照も山吹色の花を食む。
🖤どお?
💛あまい。
照がくしゃりと笑う。
🖤ふふっ。かわいいね、お兄ちゃん。
年相応の兄の笑顔は堪らなく愛らしく、俺は人目を気にしながらそっと口付ける。
兄も満更でもない顔をして俺の唇を受け入れた。
下山する頃になると、兄は繋いでいた俺の手を解き、その場に倒れてしまった。
声を掛けようとした俺も、眩暈がして兄に覆い被さるようにして倒れた。
俺たち兄弟は高熱を出していたらしく、直ぐにお医者に掛かった。
暫くして俺たちは異能を使えるようになった。
医者は首を横に振り、周りには気味悪がられ、表を歩く度に石を投げられた。
数年後、俺たちの住んでいた屋敷に何者かが侵入し、家族や使用人たちは惨殺された。
偶然にも俺は気配を察知し、隣で眠っていた兄を起こした。
🖤兄さん、兄さん起きて。
💛どぉしたの…れん?
🖤逃げよう。
💛へ?なんで…?
🖤いいから早く!!
俺は布団に戻りたがる兄の手を引き、屋敷を飛び出した。
必死の逃走も虚しく、俺たちは追手に捕まり引き離された。
💛れんっ!蓮ー!!
🖤兄さんっ!くそっ、放せぇ!!
「動くな化物!」
「異能の者だ!殺してしまえ!!」
数人に口々に罵倒され、体中を殴られた。構わずに俺は影に化けて兄を追う。
🖤兄さん!兄さーんっ!!
その甲斐は無く、俺はあの背中に追い付くことは出来無かった。
兄上は今頃どうしているのだろう。
一度屋敷に戻り、両親や家の者を簡単に弔ったが、兄の死体だけは見つからなかった。
きっと何処かで生きているのだと信じている。
どうか無事で居て欲しい。そしてまた何処かで逢いたい。
そんな事をぼんやりと考えていると、朝になったのか、格子の隙間から光が射し込んできた。
よし、もう動けるようになった。
眠らされて牢屋に入れられたようだが、俺はすんなりと格子を脱け出し、誰の目にも留まることなく、外に降り立った。
🖤此処は…何処だ。
辺りには吹雪が舞い散る、真っ白な銀世界だった。
どう考えてもここは江戸ではない。
帰り道どころか、右も左も分からない。取り敢えず転ばぬように一歩一歩慎重に歩く。
すると、轟音が前方から鳴り響き、俺は前を向いた。
雪崩だ。
なす術もなく、俺は雪の中に呑み込まれて意識を失った。
何故だろう。暖かい。
優しい温もりに包まれているような、心地の良い感覚。
兄と一緒に眠っていた時の感覚を思い出す。
ああ、懐かしいな…
目を開ける。
其処にあったのは、慣れた江戸の家の壁ではなく、牢獄の格子でもなく、絶世の美男の顔だった。
🖤えっ!?!誰だ!?
俺は思わず布団を跳ね除け、距離を取る。
💚ぅ~ん…あ、起きたのか。
🖤貴様、何者だ!名を名乗れ!
俺は夢でも見ているのか?
何だか体がふわふわする。狐につままれたような気分だ。
💚…酷いものだな。折角命を救ってやったのに。
男は溜め息を吐き、のそのそと布団から起き上がった。
朝日に照らされて煌めく茶髪に、長い睫毛に縁取られた大きな瞳。
女と見紛う程麗しい。
💚俺の名は亮平。又の名を翠仙と言う。お前は?
🖤人攫いに名乗る名など無い。
💚はぁ。人攫いねぇ。強ち間違っちゃ無いが、俺は雪崩に遭って行き倒れになっていたお前を治療してやったんだぞ。礼も無いのか。
🖤それは、本当か。
💚勿論。
嘘を言っているようには見えない。
確かに俺の記憶は、雪崩に巻き込まれた所で終わっている。
と言うことはこの男は、俺を雪の中から救いだしてくれた恩人なのだろう。
🖤…すまない。とんだ無礼を働いてしまった。
💚まあ、良しとしよう。それよりお前、色華の者だね。
🖤イロカ…?
💚双成りのことだ。男と女、どちらでもある者。お前もそうだろう。
🖤あ、あぁ。そうだ。
💚俺も同じだ。同時に、異能も持っている。
🖤お前が…?
男の体を見る。
確かに胸には大きな果物を二つ付けており、華奢な体だが胸と腰周りだけは肉付きが良い。
絶壁のような自分の胸とは比べ物にならない程の大きさだった。
💚俺は翠仙だ。「お前」ではない。あと、さん付けで呼べ。
🖤翠仙…さん。
💚何。
この男は不用意に起こされたからか、それとなく不機嫌でぶっきらぼうだ。
🖤何故、俺を助けたんだ。
翠仙は暫く俺を見つめてから、ふっと笑った。
その仕草は息を呑む程美しく、俺は我を忘れかけた。
💚そうだな。簡単に言えば、強そうだから。あとは”良さそう”だから。
🖤良さそう?何が?
💚詳しく説明するよ。こっちに来て。
何だか如何わしい風に聞こえる翠仙の台詞に、俺は少し動くのを渋った。
そんな俺の姿を見た翠仙は、またくすりと笑う。
💚安心しな。取って食いはしないよ。
翠仙は俺を炬燵に入るよう促すと、奥から数冊の書物を持ってきた。
💚この雪里には、長は居ない。その代わり、”華族”と言う里の守り人が居るんだ。俺もその一人。里の中で毎年一番強い子供を決め、華族の座を任せられる。華族には異名が与えられるんだ。
🖤ほぉ…
難しい話に聞こえ、俺の頭にははっきりと入ってこない。
💚もう一度聞く。君の名前は?
🖤蓮、です。
💚蓮華の花か。いい名前だ。話を戻すが、この里の秘密を知ったからには、君にもこの里で暮らしてもらうことになる。良いか?
🖤逆に良いのか?俺は罪人だぞ。
💚知っているよ。腕の入墨を見たからな。俺たちは別に構わない。衣食住は保証する。
🖤本当か!?
💚ああ。住むところにも困っているのだろう。幸運だと思え。
🖤それは助かる。ありがとうございます。
💚ただし、条件がある。先程も言った通り、蓮の色華は強い。だから、今から半年後…水無月に行われる選別に挑んで貰おうと思う。
🖤選別?何のだ?
💚華族になるためのものだ。華族になれるのは里から選ばれた九人のみ。兄弟は既に7人居るから、あと2名の中に入らなければならない。選別では死人が出ることもあるからな。かなり過酷な戦いになる。
🖤俺が…
💚そうだ。俺の目に狂いは無い。君はきっと俺の弟になれる。
🖤何故、貴方はそこまでして俺を弟にしたいんだ?
翠仙は睫毛を伏せ、にこりと笑った。
💚…理由は簡単。華族と云う立場になれば、里の跡継ぎになる強い子供を増やさなければならない。だから兄弟間なら好きなだけ交合が出来る。
🖤なっ…?!
💚楽しみにしているよ、蓮。
俺の耳元で囁く翠仙の姿は、言葉にならぬ程に艶やかで、俺の頬は忽ち熱く紅潮していったのだった。
蓮華草の花言葉
「あなたと一緒なら苦痛が和らぐ」
「私の幸福」
次回もお楽しみに!
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