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「再会」
センシティブなし。
🖤side
翠仙は俺の家だと言って、大きな茅葺き屋根の一軒家を案内してくれた。
囲炉裏も井戸もあって、一人で暮らすには十分過ぎる。
別れ際には翠仙に、今日は来訪者が来ると思うから施錠はするなと言われた。
それが誰なのかは教えてくれなかったし、門を出た途端に吹雪で翠仙の姿が見えなくなってしまった。
彼はどんな色華を使うのだろう。少し気になる。
囲炉裏のある居間に戻る。
土間には何か月分もの食料が置いてあったし、半纏も貸して貰えたので今夜は寒さやひもじさを感じなくて済むだろう。
こんな贅沢な暮らしは久し振りだ。
翠仙の言う通り、俺はなんて幸運者なのだろう。
囲炉裏の火にあたっていると、ふと風を感じた。
「こんばんは」
俺が風の来た方を見やると、襖は空いていて、般若面を着けた男が立っていた。
いや、男ではないのかもしれない。彼奴も「色華の者」なのか。
少なくとも翠仙の言っていた来訪者ではあるのだろう。
🖤どちら様でしょうか。
「黄菊と呼んでくれ。怪しい者ではない。」
🖤分かっていますよ。翠仙さんが教えてくれました。
「あいつが…?まあいい。明日の、日の出の頃に庭に出るように。」
🖤何故ですか?
「来れば解る。」
黄菊と名乗った能面男は忽然と姿を消した。瞬きの合間に一瞬で。
それにしても背の高い人だった。六十寸はあるだろうか。俺と同じくらいの背の人は初めて見た。
何故俺の元へ姿を見せたのか分からないが、明日は朝早くに彼がまた尋ねてくると言うことだろうか。
ならば今日は早めに就寝せねば、と俺はいそいそと布団に向かった。
「何をしている。さっさと起きろ。」
🖤へ…?
質の良い寝具で寝たせいか、俺は約束の時間に起きれなかったらしい。
般若面が俺を見下ろしていた。
🖤済みません。俺、早起きが苦手で。
慌てて飛び起きる。
「別にいい。上着を着て付いて来い。」
🖤は、はい!
大急ぎで身支度をして玄関を出ると、彼が立っていた。俺が来たのを見ると、さっさと歩き始めてしまった。慌てて俺も付いていく。
🖤ええと、黄菊さんでしたっけ。これからどこで何をするのでしょうか?
「訓練だ。お前は色華は良いが、武術に長けていない。だから俺が指導する」
🖤成程。お手柔らかにお願いします。
「どうだろうな。」
黄菊の態度は、翠仙よりも素っ気なくて冷たい。俺は既に嫌われているのだろうか。
暫く歩いていると、武道場のような場所に着いた。
黄菊はいつの間にか手にしていた竹刀を俺に差し出す。
「これで俺に一発打ち込んでみろ。」
🖤貴方にですか?
「ああ。本気で挑んでいい。お前の実力を見たい。」
🖤分かりました。
少し間を置いて、握った竹刀を目一杯振りかぶり、一寸も動かなくなった般若面に打ち付ける。
が、竹刀は空を切って俺の手を離れた。
🖤へ…?
彼に雁字搦めにされていると気付いた時には、もう締め上げられていた。
🖤いだだだだだだ!
「中の上と言った所か。悪くない。これからの鍛練で音を上げるなよ。」
🖤取り敢えず離して下さい!痛い!!
「あ、悪い。」
それからは鬼のような鍛練が始まった。
「雪上を速く走る術を身に付けろ。華族は一大事には一瞬で駆け付けなければならないからな。」
「色華ばかりに頼っていては身が持たない。だから体力と底上げして、柔術を徹底的に教える。まずは上体起こし1000回。」
「剣術においては間合いも重要だが、お前は一撃入れた後の隙が大きすぎる。もっと姿勢を維持しろ」
「鉄砲は闇雲に撃っても相手は動くんだから命中しないぞ。狙いを定めて」
🖤…鬼か何かなのか?
何月も鍛練を重ねて、俺の身体は疲弊していた。
独りぼやいていると、いつの間にかまた黄菊に背後を取られていた。
「何か言ったか」
🖤い!いえ、何も。
「素人にしては上達が速い。お前は良くやれてるよ。」
そう言って黄菊は俺の頭をぽんぽんと撫でた。
手厳しいことには変わりない。しかし、この人は俺が疲れていると簡潔だが褒めてくれる。仕事の鬼では無いし、ちゃんと俺のことを思ってくれている上での言動なのだと思う。
確かに見ず知らずの余所者に戦の術など普通は教えたくならない。この人についていけば、俺の中で何かが変わるのだろうか。
俺はそんな黄菊を師として、めきめきと腕を磨いていった。
そして約束の半年後。水無月になっても雪里は寒く、雪が積もっていた。
「早々に負けることはないだろう。武運を祈る」
黄菊はそう言って俺を選別会場に送り出してくれた。腰に下げた御守りの新刀の重みが、ずしりと増したような気がする。
里の子供達の実力は、黄菊と雲泥の差ほど相手にならなかった。
つまり俺は新しく華族となる座を無事に勝ち取ったのだ。
最終決戦で対決した相手の心底悔しそう顔が度々脳裏に浮かぶ。その表情が忘れられなくて、俺は初勝利を何度も反芻した。
茅葺き屋根の自宅へ戻る。帰ると、黄菊が待っていた。
「お疲れ様。よく頑張ったな。自分の弛まぬ努力の賜物だよ。誇りなさい」
🖤はい。
「ぼたん鍋を作ったから冷めない内に食べてくれ。俺からの気持ちだ。」
立派な土鍋の中に、猪肉が敷き詰められるようにして煮込まれていた。丁度腹が減っていたので、これは嬉しい。
🖤ありがとうございます!あの。一緒に、食べませんか。
「俺と?」
🖤はい!…駄目でしたか?
黄菊は面を取りたがらなく、俺と食事を共にしたことが無かった。理由は教えてくれなかったけれど。
やはり今日も断るのだろうか。
「いいよ。」
ふふ、と優しく笑ったような声が面の裏から聞こえる。
🖤良いのですか!
「うん。俺も鍋は食べたい。もう見せてもいいかな」
🖤え
不意に、黄菊は面を外した。
一回たりとも見せられなかった素顔は、あの頃とほとんど変わらない兄のものだった。
💛ずっと隠してて悪かったな、蓮。
🖤兄上…!?
選別を終えた安心からか、慕っていた兄との思わぬ再会からか、嗚咽が漏れ出る。黄菊改め実兄の照は、俺の肩を優しく抱いた。
💛こんな形で会えると思っていなかったよ。本当に無事で良かった。
🖤兄上こそよくぞご無事で…!俺、ずっと会いたかったんです。
💛俺もだよ。
次から次へと涙が込み上げてきて、止まらなくなってしまう。生きていて良かった、俺は初めてそう思えた気がする。
その日は鍋が冷める頃になるまで、ずっと愛しい兄の腕の中で泣いていた。
菊の花言葉
「信頼」
「高貴」
次回も読んでくださると嬉しいです。
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