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ひより
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#ロマンスファンタジー
Jasmine
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――グオォォォォォォォォッ!!
咆哮が、帝都を揺らした。亀裂から、次々と異形の巨体が姿を現し、地上へ降り立つ。
ズドンッ!! ズドォォンッ!!
「嘘でしょ……!?」
さっきまでの魔物とは、明らかに違う。建物ほどの巨体。そして何より――。
(瘴気が……濃すぎる!)
全身から、どす黒い瘴気が噴き出している。
「来るぞ! 構えろ!」
カイル殿下の鋭い声が響いた――次の瞬間。
「ぎゃああああっ!!」
「うわぁぁぁっ!!」
悲鳴が上がった。魔物が真っ先に襲いかかったのは、皇室騎士団ではない。目の前にいた――公爵軍だった。
「なぜこちらを襲う!?」
ヴァンクロフト公爵が目を剥く。
「シェリー! 早く魔物を制御しろ!」
「無理よ!!」
シェリーが叫んだ。
「あれは私が使役していた魔物じゃない! 亀裂の向こうから入り込んできた上位魔物よ! 私に制御できるわけないでしょう!!」
「何だと!?」
「全軍、陣形を崩すな!」
カイル殿下の号令が飛ぶ。
「ギルバート!」
「御意!」
ブォォォンッ!!
巨大な魔力障壁が展開された。その直後――。
ドガァァァンッ!!
「ぐぅっ……!」
魔物の突進を、障壁が真正面から受け止める。
「ギルバート、大丈夫か!?」
「まだまだ余裕っすよ!」
(顔が全然余裕そうじゃないんだけど!?)
「ソフィア!」
「こっちは任せて!」
私は両手を突き出した。
パァァァァッ!!
エメラルドグリーンの光が、魔物を覆う瘴気を吹き飛ばす。
「今よ!!」
閃光が駆け抜けた。
ズバァァァンッ!!
カイル殿下の一撃が、魔物を大きく退ける。
そのとき――。
「きゃああああっ!!」
「助けてくれぇぇっ!!」
「……っ!?」
住居区から悲鳴が上がった。一体の魔物が戦場を離れ、逃げ遅れた住民たちへ突進している。
「こっちよ!」
叫んだのは――シェリーだった。黒い杖を振り抜く。
ブワッ!!
瘴気が、住民とは反対方向へ放たれた。
「グルァッ!?」
魔物が反応し、大きく方向を変える。
ズドォォォンッ!!
無人の廃墟へ激突した。
「…………」
シェリーは、自分の行動に驚いたように立ち尽くしている。
「何をしている、シェリー!」
公爵の怒声が響く。
「なぜ邪魔をした!」
「だって……」
シェリーが逃げていく住民たちを見る。
「何の関係もない人たちがいるんですよ!?」
「それがどうした」
「…………え?」
「下民が何人死のうが、玉座さえ手に入れば問題ない。目的のための、些細な犠牲だ」
「……些細な、犠牲……?」
シェリーの顔から、表情が消えた。
「くだらん感傷だ。お前も復讐のためなら同じだろう」
「……違う」
「何?」
シェリーが顔を上げる。
「私だって、罪のない人たちを利用した。でも――何人死んでもいいなんて、一度も思ってない!」
「今さら何を――」
「私が憎んだのは、そうやって人を『些細な犠牲』にする奴らよ!」
その言葉に、公爵の顔が歪む。
「亀裂を閉じます!」
「道具風情が! 勝手な真似をするな!!」
バチィィィッ!!
「きゃあっ!?」
攻撃魔法が炸裂し、シェリーの身体が弾き飛ばされた。杖が石畳に転がる。
「お前の役目は終わった。用済みだ」
「シェリー!!」
「ギルバート、ここ開けて!」
「ええっ!? 妃殿下!?」
障壁にできたわずかな隙間を、私は一気に駆け抜けた。
「ソフィア、待て! 前に出るな!」
「放っておけるわけないでしょう!!」
倒れたシェリーの元へ滑り込み、両手をかざす。
パァァァァ……。
エメラルドグリーンの光が、彼女の身体を包んだ。傷が、少しずつ塞がっていく。
「……よかった」
そう思ったのに。シェリーの呼吸は、浅いままだ。
「どうして……?」
「……傷は治っても、失った生命力までは戻せないんです。黒魔法を使うたび、私は命を削ってきました」
「え……?」
「さっきの大術式で……残っていた生命力も、ほとんど使い果たしました」
「だったら、なおさら動いちゃダメよ!」
起き上がろうとした彼女の腕を掴む。
「少しでも休んで――」
「もう時間がありません」
シェリーは、巨大な亀裂を見上げた。
「あれを閉じないと」
「どうやって!?」
「……一つだけ、方法があります。亀裂を閉じるには――境界守の魂そのものを『楔』にするしかありません」
「……え? それって……」
掴んでいた腕に力が入る。
「死んで逃げる気!? やったことが全部チャラになるわけじゃないのよ!!」
シェリーが目を見開く。やがて――ふっと笑った。
「……分かってます。許されたいなんて、思ってませんよ」
「だったら――」
「でも」
そっと、私の手を外す。
「境界を壊したまま死ぬなんて、絶対に御免なの」
シェリーが、亀裂を見上げる。
「私は――『境界守』の、最後の一人よ」
そして、少しだけ誇らしそうに笑った。
「最後くらい――一族の仕事をさせて」
「…………」
何も言えなかった。
「……お人好しですね」
「何よ、今さら」
「私、あなたを殺そうとしたんですよ?」
「だからって、目の前で死にそうな人を見捨てられるわけないでしょうが!」
「……本当に、変な人」
「悪かったわね!」
シェリーが小さく笑った。
「羨ましいんですよ」
「……え?」
その視線が、私の銀色の髪へ向く。
「あなたも……全部奪われたんでしょう? 国も、家族も」
そして、魔物と戦うカイル殿下を見る。
「カイル殿下も、大切な人を奪われた。それでもあなたたちは、復讐とは違う道を選んだ」
寂しそうに笑う。
「もう二度と……私みたいな思いをする子を作らないで」
「……分かったわ」
私は、彼女の手を握った。
「約束する」
「……ありがとう」
シェリーが、ゆっくりと上体を起こそうとする。私は、その背中をそっと支えた。彼女は片手を上げ、指先で空へ術式を描く。紫黒の光が軌跡を描き、巨大な魔法陣へ変わっていく。
「我が魂を世界の楔となし――裂けた境界を、再び一つに」
ズドォォォォォンッ!!
地面を走っていた紫黒の光が、一斉に逆流した。亀裂へ向かい、膨大な魔力が吸い込まれていく。
「グオォォォォッ!?」
上位魔物たちの巨体が、次々と亀裂の向こうへ引き戻されていく。
「シェリー!?」
彼女の身体が、少しずつ透け始めた。肌が、髪が、指先が――淡い光と、黒い粒子へ変わっていく。
ピキピキピキィィッ!!
亀裂に光が走った。まるで、裂けた世界そのものを縫い合わせるように――巨大な亀裂が閉じていった。
パァァァァァンッ!!
まばゆい閃光が、視界を真っ白に染める。
「……っ!」
思わず目を閉じる。次に目を開けたとき――巨大な亀裂は、跡形もなく消えていた。
「シェリー……?」
そこにもう、彼女の姿はない。石畳の上を、わずかな光の粒が舞う。それも風にさらわれ――消えていった。
「まだだ!!」
公爵の怒声が響いた。公爵軍はすでに崩れ、逃げ出す兵士が相次いでいる。それでも公爵だけは、血走った目で立ち上がった。
「私には先帝の血が流れている! この帝国は――私のものだ!!」
カイル殿下が前へ進み出る。
「誰の血を引いていようと関係ない」
「何だと……?」
白銀の長剣を構える。
「民を駒として扱う者に、この国を渡すつもりはない」
「黙れぇぇぇ!!」
公爵が魔力を放つ。
次の瞬間――。
ズバァァァンッ!!
白銀の斬撃が閃光を切り裂き、そのまま公爵を吹き飛ばした。
「ぐぁっ……!」
カイル殿下が、倒れた公爵を冷たく見下ろす。
「血筋だけで皇帝になれるなら、国などとうに滅びている」
「ヴァンクロフト公爵を拘束しろ」
「はっ!」
騎士たちが駆け寄り、魔力封じの枷をはめる。
「離せ! 私は皇帝の弟だぞ!!」
「もう終わりっすよ、公爵様」
ギルバートが肩をすくめる。喚く公爵が引きずられていく様子を見た残りの兵たちも、次々と武器を地面へ投げ捨て、両手を挙げた。
「……やっと……終わった……」
一気に力が抜ける。
その場に座り込みそうになったとき――。
「ソフィア」
「……はい?」
目の前に、カイル殿下の手が差し出された。
「帰るぞ」
「……どこへですの?」
「決まっているだろう。俺たちの皇宮へだ」
視線を逸らす。
「私……ちゃんと署名した離婚書類を置いて出てきたはずですけれど……?」
「その話だ」
「え?」
差し出された手を見つめる。取るべきか迷っていると――。ぎゅっ。
「きゃっ!?」
待ちきれなかったのか、カイル殿下が私の手を掴んだ。そのままグイッと引き起こされる。
「ちょ、ちょっと殿下……!?」
手を離すどころか、指まで絡めてくる。
「今度こそ、お前の口から全部話してもらう」
「…………っ」
握る力が、少しだけ強くなる。
「覚悟しておけ。もう絶対に――逃がさない」
ドクンッ。
心臓が跳ねた。
(……どうやら)
私は観念して、小さく息を吐く。
(今度こそ――逃げられないみたいね)
コメント
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お前がNo.1だ。シェリー。(世代が出てしまいました。)
ひよりさん、第61話読みました……! シェリーの「最後くらい、一族の仕事をさせて」という台詞、本当に胸にきました。自分を犠牲にしてでも亀裂を閉じる覚悟と、それでも「許されたいとは思ってない」と言い切る強さに、言葉が出ませんでした。 ソフィアが「目の前で死にそうな人を見捨てられるわけない」と走り出すシーンも、彼女らしくて好きです。そして最後のカイル殿下の「逃がさない」——これはもう、じわじわきますね……! あとがき含め、一気に読ませていただきました。お疲れさまです🌷