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荒野を歩くたび、靴底に砂がじゃりっと絡みつく。その後ろで、真帆がわざとらしく大きなため息をついた。
「結局さぁ。私、今まで全部……つの丸のおかげで生きてただけってことじゃん。」
ふてくされたような声が、背中に刺さる。
歩幅も少し乱れていて、砂を蹴る音がいつもより荒い。
「そんなこと言っても……」
私は振り返り、真帆の顔をうかがった。
「真帆だから生き延びられたんだよ。あれは……私じゃ無理だった。つの丸の力を借りたとしても。」
真帆はむすっとしたまま、視線をそらした。
「……そう言われても、納得いかないんだよね。」
その言い方が、逆にいつもの真帆らしくて、少しだけ安心した。
つの丸は、今は真帆の刀の中に潜んでいる。
刀そのものが入れ物で、つの丸の本体はそこに収まっているだけだ。
表に出ていると魔物が寄って来ず、千夏の居場所を聞き出すことができないからだ。
封印が解けたつの丸は、刀の中と実体を自由に行き来できる。
刀の中にいる間は、自分のレベルも調整できるらしい。
魔物を寄せ付けたくない時はレベルを上げ、寄せ付けたい時はレベルを下げる。
そんな異常な存在が、今はただ静かに真帆の腰で揺れている。
真帆はまだ小さく文句を言っていた。
「私、強くなったと思ってたのに……実は全部つの丸の補正でした〜って……なんかさぁ……」
私は苦笑しながら前を向いた。
荒野の風は乾いているのに、どこか湿った匂いが混じっていて、鼻の奥に残る。
千夏を探して、どれだけ歩いたのか分からない。
今日聞いた“千夏らしき人間”の目撃情報は、これまでの曖昧な噂とは違っていた。
魔界の中心に向かっていた──その一言が、胸の奥で重く引っかかっている。
「……魔界の中心って、どんなところなの?」
私は真帆の腰の刀に向かって声をかけた。
つの丸の声が、刀の中から淡々と響く。
「例の扉がある場所だ。魔界の最深部。あらゆるものが集まる。」
“あらゆるもの”。
その曖昧さが、逆に怖かった。
「そんなところに……千夏が向かうなんて、信じられないよ……」
隣を歩く真帆を見ると、真帆は少し考えてから、ぽつりと言った。
「……私と同じで、何か力を手に入れて、生き延びてるのかもしれない。」
私はその言葉に返事をしながらも、胸の奥の違和感は消えなかった。
「ねぇ、つの丸。聞きたいことがあるんだけど。」
「なんだ。」
「魔物召喚の儀式……なんであれで私たちが落とされなきゃならないの?召喚って、呼び出す儀式だよね?」
つの丸は、ほんのわずかに声の調子を変えた。
「召喚?あれは魔界の罠だ。」
罠。
その言葉が、胸の奥に重く沈んだ。
真帆が眉をひそめる。
「罠?だましたってこと?」
つの丸は淡々と続けた。
「人間が面白がって手を出す“遊び”にしておくんだ。昔はそんな遊びに乗る人間なんてほとんどいなかったが……今は違う。人間の世界で、妙に広まりやすい仕組みができたらしい。」
(SNSのこと……?)
「理由は知らん。だが、人間同士で勝手に広まるなら、魔界としては都合がいい。」
確かに、あの遊びは一気に広まっていた。
誰も本気にしていなかったのに、やってみる人は多かった。
「でさぁ、そんなにペラペラしゃべって大丈夫なわけ?」
真帆がつの丸を睨む。
「かまわん。」
「ほら、魔界の王とかに怒られないの?」
「王はいない。完全な弱肉強食の世界だ。」
その言葉には、妙な説得力があった。
歩きながら、真帆の服装が視界に入った。
その瞬間、甲冑や刀のことがふっと頭に浮かんだ。
「……ねぇ、つの丸。さっき“昔”って言ってたよね?」
「ああ。はるか昔からな。」
(だから、あんな古い武具が落ちていたんだ……つまり──侍が落ちてきたってことか……)
それから私は、ずっと胸の奥に引っかかっていたことを口にした。
「つの丸って……どうして封印されてたの?」
真帆が横目でこちらを見る。
つの丸は少しだけ間を置いてから、思い出すように語り始めた。
「いつものように、人間界で憎悪を食らっていた時だ。ある人間と対峙した。」
その声は淡々としているのに、どこか遠くを見ているようだった。
「そいつは強かった。戦いの末、強力な呪術を使い、俺を刀に封じた。」
真帆がすかさず口を挟む。
「普通、壺じゃね?封印するの。」
「知らん。」
つの丸は続けた。
「それがどうしたことか、魔物が魔界に落とされて、このざまだ。」
私は気になっていたことを聞いた。
「封印を解く方法をどうして知ってたの?」
「刀に封印されていた時、人間が話していた。それを聞いた。」
「そっか……」
つの丸が、ふっと声を低くした。
「いいことを教えてやる。」
真帆が身を乗り出す。
「なに?」
「魔物召喚の儀式が、封印の呪術だ。」
「えっ? どういうこと……?」
私の声が少し上ずった。
「刀を地に刺し、召喚の儀式を行う。あの人間がしたことだ。」
真帆が眉をひそめる。
「じゃ、なんで私たち……?」
「刀が無かっただろ?だからさ。」
「あ……」
私は思わず声を漏らした。
「魔物を吸い込むんじゃなくて……私たちが吸い込まれた、みたいな?」
「そうだな。」
「なんだか変な感じ。」
私がつぶやくと、真帆が首をかしげた。
「なんで?」
「魔界の罠、それが封印の呪術……はるか昔から、人間界と魔界が繋がってるみたいで。」
「そうかもしれんな。」
私は、もうひとつ気になっていたことを聞いた。
「ところで……つの丸を封印した人間って?」
「あべの……なんとかと言ってたな。」
真帆と私は、同時に顔を見合わせた。
(……あの人だよね……)
言葉にしなくても、互いに分かった。
「人間に恨みは?」
私が聞くと、つの丸は少しだけ笑ったように聞こえた。
「別にない。むしろ人間の方が、俺たちに恨みがあるんじゃないか?」
見えていなくても、不敵に笑っているのが分かった。
「いずれにしても、つの丸の気が変わらないうちに探さないといけない。」
自分で言いながら、言葉がふっと途切れた。
「……探さないと……あれ?」
真帆が眉をひそめる。
「どうしたの?」
「私たち……誰を探してるんだっけ……?」
自分の声が、自分のものじゃないみたいに聞こえた。
真帆も一瞬、言葉を失った。
「……え? ちょっと待って……誰……?」
二人で顔を見合わせた瞬間、
頭の奥で何かが弾けた。
「──千夏!」
私は思わず叫んだ。
「千夏よ! 千夏を探してるの!」
真帆も大きく息を吸い込んだ。
「そうだよ!千夏!なんで忘れかけてたの……?」
私は胸に手を当てた。
心臓が早く打っているのに、どこか遠い。
「魔界の空気が合わないのかな……千夏のこと……少しずつ薄れていく感じがして……」
真帆も、視線を落とした。
「実は……私も。少し前から……なんか、ぼやけてきてて……」
その時、つの丸が低く言った。
「そういえば、魔界にも変化があったようだぞ。」
私は刀に目を向けた。
「変化……?」
「ああ。人間界の言葉を借りれば──“ハイブリッド”の魔物らしい。」
真帆が思わず吹き出した。
「車みたい。」
つの丸は特に反応を返さなかったが、その沈黙が逆に不気味だった。
そのうち、荒野の向こうに、黒い霧が立ち込めているのが見えた。
つの丸が言った。
「魔界の中心は近い。強大な魔物も、これから増えていくだろう。」
真帆が息をのむ。
「マジか……」
私は無意識に拳を握りしめた。
胸の奥で、何かが静かに固まっていく。
「……行くしかない。どんなものが出てきても。」
風が吹き、黒い霧が揺れた。
その揺れ方が、まるで私たちを迎え入れるように見えた。
胸の奥に、小さなざわつきが残ったまま、私は歩みを止めることはできなかった。