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趣味はピアノ、表向きは
 本当は弟と一緒にやるバレーボール。でもあと二年でその趣味はなくなる。
 俺はこれから40年、大っ嫌いな音楽で生きていくんだから。
 だからこの一瞬だけでも。
2013年、1月13日
 小さな公園でボールが弾かれる音が響く。
弟を待つ45分、俺は一人でレシーブ練習。
 ……突っ込むべきなのか、公園の木で項垂れるこの大男に。
 シルバーと黒が混ざった髪をこっちに向け三角座りをする推定190cmの啜り泣く男の人。しかもジャージを着てるから運動部の学生。
 そんなところで泣いてると風邪引くよ、1月の寒さでジャージ1枚はダメだよ、せめて俺みたいにマフラーとか、
 はぁ、俺はお人好しみたい。
 すっとマフラーで男の人の露出部を隠す、少しは暖かくかな?なんて偽善だけ置いて俺は踵を返そうとした、出来れば会話はしたくないから。
 でも金色の目がこちらを向く、目元は真っ赤でまだ涙が溢れてる。
 「マフラー、きみの?」
 少し枯れた声が俺に問う、けど返せない。
 喉が震えてくれない、口がパクパク動くだけ。
 まぁいいよ慣れてるから。そこら辺に落ちてる木の枝を拾って地面に字を書く。
 <はい 風邪引きますよ>
 「なんで文字?」
 この人ズケズケ来るな。じゃあしょうがない。
 目線を合わせるのに俺もしゃがむ、でも嫌がられたら直ぐに戻ろう。
 音「お゛、れ。き ッ音デ」
 嫌がられるかな、なんて思ってたけどこの人はそんな顔をしなかった、ただ不思議そうにこっちを見てくる。
 もしかして聞き取れなかったのかな。
 「キツオンって何?」
 そう思った俺がこの人を甘く見ていた。予想の斜め上、
 <言葉が上手く喋れないんです。>
 「そうなんだ、あっあとマフラーありがと。」
 この人からは差別の言葉は出てこなかった、吃音症になってから初めてかもしれない、嫌味も同情もない言葉は。
 <どうして泣いてるんですか?>
 この人なら会話?しても大丈夫な気がした。
 きっと今までの人みたいに心をすり減らす必要はない。
 「今日試合に負けた、オレが普通のエースになれなかったから。」
 …何言ってんだ?普通のエースって何?
やめろやめろそんな目で見られても分からないものは分からないよ。
 <大きな試合だったんですか?>
 とりあえず普通のエースには触れないでおく。
 「うん、春高の決勝」
 え?決勝?春高ぐらい俺でも分かる、バレーの大きい全国大会だよね?
 <すごいですね>
 「すごくない、2位じゃダメなんだよ」
 すごいですね を覆い隠すようにさっきより多くこの人から涙が溢れる、本当に本気だったんだな。
 <ごめんなさい無神経でした>
 そう綴ってももうこの人の心には届いてない。
また三角座りで泣き出してしまった。
 俺はこの人を慰めたり、優しい言葉をかけたりできない、
 だから背中を摩る、弟の薙音が父さんを説得出来なくて泣いた時みたいに優しく。
 <なんでも 話して下さい 聞きますから>
「…いいの?」
 「は、イ」
 俺の一瞬が動き出す、たった2年のバレーボールが。