第11話:名前を呼ばれた日
COKOLOの中央ホールは異様な空気に包まれていた。
普段はトークイベントやライブが行われるステージに、今日はただひとつ、黒い影が立っていた。
全身をユニットスーツに包み、顔の一部は薄い光で覆われ、
輪郭がぼやけたその人物の姿は、誰が見ても“system_0”だった。
無言のまま、立っているだけで周囲の音が消えるような存在感。
その場に集まった観客の中で、ひとりの若者が小さくつぶやいた。
黒い髪、前髪に隠れた目元、やや痩せたシルエット。
かすかに、どこかで見たことがあると思った。
そしてその直後、ステージの奥から歩み寄ってきたのは、
赤と緑のミニドレスに身を包んだ少女――コザクラだった。
彼女は、誰の視線も気にせず、静かに立ち止まり、影に向かって口を開いた。
一言だけ。
おにいちゃん。
その声と同時に、観客たちの間に走った沈黙は、空気そのものを凍らせた。
一瞬の後、コメント欄が爆発した。
【VR社会の揺れ】
COKOLOのトレンドは瞬時に更新された。
system_0の正体が、あの開発者ユーヤであるという確証はないまま、
すべてが“そうであるかのように”語られ始めた。
SNSでは過去の試合ログ、反応のないチャット、
沈黙のプレイスタイルすべてが彼の人となりとして繋がれていく。
system_0が、ひとりの人間――ユーヤとして“見られた”初めての瞬間だった。
【戦闘:公開イベントの試合】
特例として組まれたイベントマッチに、system_0がそのまま登場した。
マップは都市型廃墟。ビル群の間に伸びる狭い通路、遠距離スナイプと近接反撃の混在するステージ。
ユーヤの装備は変わらず、ナイフ、スモーク、遮断ブレード。
敵の数は十人。どれも高ランクのプレイヤーたち。
だがユーヤは開始と同時に前進した。
スモークを展開しつつ高架下へ滑り込み、1人目の背後へ。
2人目は障壁の上からの狙撃を、EMP反射で切り返す。
敵が連携しようとした瞬間には、すでにタグがユーヤの手中にあった。
一度も発言せず、一度も無駄な動きをせず。
system_0は、ただ機能として完成されていた。
観客たちはその姿を見ていた。
そこに、確かに「ユーヤという人間」がいた。
【現実:シスケープ社】
社内の開発ルームでは、誰もがその試合を見守っていた。
八巻はコーヒーを片手に、ふっと笑う。
ユーヤは、ヘッドセットを静かに外し、冷めた緑茶に口をつけた。
彼は何も語らない。だが社内の誰もが知っていた。
その沈黙こそが、すべてを伝えていたことを。
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