守ったよ。
彼女は、迷わなかった。
用紙を渡され、
例の一文を見て、
一度だけ呼吸を整えただけだった。
お子さんから結ばれた約束、守りましたか?
「はい」に、印をつける。
躊躇はなかった。
胸を張るほどでもない。
ただ、事実として、そうだった。
迎えに行くと約束した日は、
仕事を早退した。
叱られた。
評価は下がった。
習い事をやめたいと言われたときは、
理由を最後まで聞いた。
理解できたとは言えないまま、
やめさせた。
大きなことはしていない。
物語になるような親ではない。
それでも彼女は知っている。
約束を守るという行為が、
どれほど周囲から理解されないことがあるかを。
「はい」に丸をつけたあと、
彼女は用紙を伏せた。
守ったことは、
報われなくていい。
ただ、なかったことにされないなら。
ファースト・ペンギン
その人は、制度を作る立場にはいなかった。
ただ、資料の文言を整える
小さな役職にいただけだ。
離婚届を出しに来た人たちの書類。
児童扶養の手続き。
面談の記録。
そこには、
守られなかった約束の痕跡が
いくつも、断片的に残っていた。
「約束を破られた」とは、
誰も書かない。
書かれるのは、
「連絡がなかった」
「迎えがなかった」
「話が違った」
それらを読んでいるうちに、
その人は思った。
——これは、違反ではない。
——でも、影響は残っている。
だから、問いを書いた。
責めるためではない。
正すためでもない。
思い出す入口として。
「守れなかった人を裁かないこと」
それだけは、強く決めていた。
問いは、静かでなければならなかった。






