テラーノベル
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その男はノックもなく現れた。衛兵や側近たちは時間が止まったかのように硬直している。明らかに異常な状況だった。
艶やかな闇色のタートルネックにズボン、いかにも魔術師というようなローブを羽織った美青年が佇んでいた。褐色の長い髪に、オッドアイの瞳は軽薄そうな色で見返す。明らかにこの国に人間ではない。いや人間ですらないのかもしれない。
この国は長いこと三女神の加護によって、人外や魔物を拒んできた。しかしシルヴィアが内側から結界を砕いた結果、その後の戴冠式で結界を張り成したものの高位の人外なら通り抜けることは可能らしい。
(何が……起こっている? こんなことが出来るのは魔法塔の主人が警戒していた人外ぐらいか……)
「僕はアベル。夏の神の意志を引き継ぐ者──と言っておきましょうか」
夏の神。聞いたことのない神だ。そもそもこの国では三女神以外の神は皆、悪意ある人外として警戒するよう教えられている。だが三女神の加護が弱まった今、眼前の存在に対抗する策は何もない。
「(交渉が出来るのなら……)その……アベル殿は何の用でこちらにいらしたのでしょう」
「ああ、警戒しなくても僕自身は人間ですから警戒しないでください」
「はぁ」
そうは言うが周囲の時間を停止させて会話するなど普通の術者、魔法塔の主人ですら難しいだろう。
「この国から国外追放された公爵令嬢がおりましたでしょう。あの娘がとある国で聖女候補者になったそうですよ」
「……シルヴィアが?」
悪役令嬢の役割を終えた彼女がこんなにも早く聖女候補となった。その事実に衝撃を受けるも、心のどこかで有能な彼女ならあり得なくはないと居たる。この国に存在する聖女は名ばかりで、現在なんら国のために役立っていない。
「もしかしたらこれは三女神の新たな試練なのかもしれませんね」
「……それはどういう?」
困惑する自分に、アベル殿はゆっくりと子どもに言い聞かせるような優しい声で、告げた。
「いえ。この国では異世界から来た者が聖女なのでしょう?」
「ああ」
「であればシルヴィア様は異世界転移ではなく、異世界転生した──特別な魂だったとしたらどうでしょう?」
「なっ!?」
異世界転移ではなく異世界転生。
そう言われてシルヴィアの言動や能力の高さ、時折突拍子もない発明や提案していたのに合点がいく。異世界人であれば、未知なる知識や経験を持つ。
ユーナもそう言った知識はあるが浅い。その点、転生したシルヴィアはこの国で暮らしながら前世の知識とのすり合わせを行う時間は十分にあった。
シルヴィアこそが実は聖女でユーナが偽者だとしたら、三女神はどう思うのか。
「だから彼女の願いを叶えるため、三女神があえて外に出した。シルヴィアをニセモノだと断罪したから?」
「その通りでございます。ニセモノの聖女だと気付くことこそが王子の役目だったのだとすると、今からでも遅くありません。続編のシナリオで挽回し、シルヴィア令嬢、いえ聖女様をこの国にお戻しして戴冠式を改めて行うのです。そうればきっとこの国は100年、いえ1000年の幸福に包まれるでしょう」
その言葉に心がぐらりと揺らいだ。不思議と彼の言葉が正しいことのように聞こえてくる。いや正しいのだろう。
「大丈夫です。問題が起こるようなら我々が手を貸しましょう」
「そ、そうか」
「ええ。まずは……そうですね。我らの一団が山積みの問題を解決してご覧に入れましょう。ああ、それと近々、シルヴィア様の居る国で春を迎えるパーティーを開くようですから、そちらに参加して接触してみるのはいかがでしょうか」
「あ、ああ」
素晴らしい提案だった。使えないユーナはやれ宝石だドレスだ料理だと煩い。それなら有能でよく働く彼女を呼び戻すことが、最良の選択ではないか。
そう思わずにはいられなかった。
「一週間後にまた来ます。その時によりよいお返事を聞かせてください」
アベル殿は机の上に招待状の入った封筒を置いて去った。彼の言葉通り、魔物の脅威は去って問題が一気に片付いていく。完璧だ。
(シルヴィアが聖女として戻ってくる。……ああ、悪役令嬢ではない彼女なら……)
今度はもう少し優しく接してやろう。
そうすれば全てが丸く収まる。そうに違いないと思う気持ちは日に日に大きくなったし、あの国税を食い潰そうとする女は地下牢に入れてから全ての問題が解決に向かっている。
今まであんな傍若無人な女をどうして好いていたのだろう。ああ、魅了や洗脳でもされていたのかもしれない。可愛らしくはあるが品はないしマナーは最悪。ソレに比べたらシルヴィアは美しく、気品があった。
(謝罪をしなければならない。指輪と花束、あとは……彼女が好きだった菓子も用意させよう)
アベル殿からお近づきの印に、と渡された腕輪が日に日に鈍く輝く。それを撫でながら、この先の未来に思いを馳せる。
一週間後、アベル殿への返事はもう決まっていた。
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#長編
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