テラーノベル
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「プライベートでは、もう関わらなくていいから」
その言葉が、リフレインする。
宮舘が、ロッカーの扉を開ける音。服が擦れる音。全ての音が、やけにクリアに聞こえる。しかし、渡辺の世界は、まるで分厚いガラスの向こう側にあるように、全く現実味がない。
(なんだよ、それ…)
(関わらないって、なんだよ…)
今すぐ、駆け寄って、今の言葉を撤回させなければならない。分かってる。分かっているのに、足が、鉛のように重くて動かない。自分が蒔いた種だ。自分が、彼にそう言わせたのだ。
その事実が、渡辺の喉を締め付ける。
気づいた時には、渡辺は楽屋のドアノブに手をかけていた。そして逃げるように、その場から飛び出した。
「翔太!」
背後で、康二が驚いたように自分の名前を呼んだ気がした。でも、もう振り返ることはできなかった。
廊下を走り、楽屋口から外へ出る。ひやりとした夜風が、火照った頬を撫でた。どこへ行けばいいのか、なんて分かるはずもない。ただ、この息の詰まるような場所から一刻も早く離れたかった。
無意識に、スマホを取り出す。そして、履歴の一番上にあった名前、『菊池風磨』に、震える指で発信ボタンを押していた。
『もしもし?しょっぴー?どした?』
電話の向こうから聞こえてくる、いつもと変わらない、少しだけ気だるそうな声。その声を聞いた瞬間、渡辺は、自分が何をしようとしているのかに気づき愕然とした。
(俺は、また…涼太から、逃げようとしてる…)
涼太が嫌がっていた、この関係に。
また、甘えようとしている。
『…もしもし翔太?大丈夫か?』
「…ごめん、なんでもない。間違えた」
渡辺はそれだけを言い、一方的に通話を切った。
当てもなく、夜の街を彷徨う。すれ違う人々は、みんな楽しそうで、自分だけが、この世界で一人ぼっちのような気がした。
さっき、自分が放った言葉が、ブーメランのように自分に突き刺さる。
『お前は、ただのメンバーの一人だろ』
違う。違うんだ。お前は、俺の人生の半分以上を一緒に過ごしてきた、誰よりも特別で、誰よりも失いたくない存在なんだよ。
今更気づいても、もう遅い。後悔だけが、冷たい夜の空気と共に渡辺の心に深く、深く、染み込んでいった。
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