テラーノベル
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あの日、渡辺が楽屋を飛び出して数日が経った。
二人の関係は、宮舘が宣言した通り、「ビジネスパートナー」へと完全に移行していた。仕事の打ち合わせでは必要最低限の会話をし、カメラの前では完璧な「ゆり組」を演じる。しかし、それ以外での会話は、一切なくなった。
そして、その日は、とあるバラエティ番組の収録だった。ゲストとして招かれたSnow Manは、スタジオの雛壇に座っている。
「さぁ、そしてSnow Manといえば、コンビ萌えの宝庫と言われておりますけども!」
司会者が、興味津々の顔でメンバーを見渡す。
「中でも、やっぱりこのお二人は外せないでしょう!『ゆり組』のお二人!」
スポットライトが、渡辺と宮舘を照らす。渡辺は、心臓がどきりと音を立てるのを感じた。
「お二人は、もう幼稚園からの幼馴染ということで。何か、最近の『ゆリ組、尊いな』エピソード、ありますか?」
無茶振り。しかし、プロとして、答えなければならない。
先に口を開いたのは、宮舘だった。彼は、完璧なロイヤルスマイルを浮かべ、淀みなく答える。
「そうですね…先日、翔太が少し疲れているように見えたので、彼の好きなフルーツの入った差し入れをしたところ、とても喜んでくれました。彼の笑顔を見ると、やはり、嬉しいものですね」
嘘だ。そんな事実は、ここ数日、どこにも存在しない。しかし、そのエピソードはあまりにも完璧で、スタジオは「おお〜!」という感嘆の声と、温かい拍手に包まれた。
渡辺は、隣で作り話を語る宮舘の横顔を、見ることができなかった。
次に、マイクは渡辺に向けられる。
「渡辺くんは、どうですか?」
「え、あ…」
うまく、言葉が出てこない。何か、言わなければ。当たり障りのない、それっぽいエピソードを。そう思うのに、頭が真っ白になる。宮舘の作った完璧な嘘が、逆に渡辺を追い詰めていた。
「えっと…そう、ですね…。この前、俺が…その…」
顔が、引きつっているのが自分でもわかる。うまく笑えない。隣に座る宮舘の体温を、感じることさえできない。
その、明らかなぎこちなさ。
スタジオのメンバーや共演者は、まだ気づいていない。しかし、SNS上では、番組をリアルタイムで見ていたファンたちが、小さな違和感を呟き始めていた。
『あれ…?今日のしょっぴー、元気なくない?』
『なんか、ゆり組の空気、変…?』
『気のせいかな…』
完璧に演じようとしても、隠しきれない綻び。二人の間に生まれた深い溝は、ほんの少しずつ、しかし確実に、画面の向こう側にも伝わり始めていた。
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