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無名の灯 恋愛編

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無名の灯 恋愛編

9 - 第9話 それでも、生きていてほしいから

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2025年07月23日

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教室の窓の外で、夕日が落ち始めていた。遥の肩は、わずかに日下部に預けられていたまま、動かない。

互いの呼吸だけが、静かな空気の中にゆっくりと混ざっていく。


しばらくの沈黙。

遥がぽつりと呟いた。


「……やさしいな、おまえは」


「そうかな」


「……やさしさって、さ。痛いんだよ」


その言葉に、日下部は反応できなかった。

遥はすぐに続ける。


「殴られるほうが、わかりやすかった。なにされるか、予想つくし。

蹴られたときは、どこがどれだけ痛むか、知ってた。

笑われても、陰口でも、身体の中が空っぽになるだけだったけど――」


そこで言葉が切れる。

遥は口を閉じ、唇の内側を噛んでいた。

そのまま、ひと呼吸置いてから、ぽつりとつぶやくように続けた。


「……なにもされないのが、いちばんわかんない。

何もしない、って、ほんとうにオレを“見てない”って感じがして。

いないのと同じじゃん、それ。

……そのほうが、きつい」


日下部は何も言えなかった。

ただ、じっと遥の声を聞いていた。

その沈黙が、なによりまっすぐだった。


遥の肩が、小さく揺れる。

笑ったのか、泣いたのか、どちらにも見えなかった。

やがて、かすれた声がこぼれた。


「ねえ……おまえさ、オレのこと、かわいそうって思ってる?」


「……思ってない」


「……ほんとに?」


「かわいそう、じゃない。おまえは、ちゃんと“生きてる”と思ってる」


遥は、小さく息を吸って、吐いた。

ほんの少し、目を閉じた。


「……じゃあ、さ」


その声には、少しだけ熱が戻っていた。


「“生きてる”って……どうすれば、わかるんだろうな」


日下部は、答えなかった。

代わりに、そっと、遥の手に触れた。


掌を握るでもなく、引き寄せるでもなく、ただそっと触れた。

その熱だけが、確かに伝わる距離で。


遥はその手を、しばらく見つめていた。

そして、ほんの一瞬、目を閉じたまま、囁くように言った。


「……それで、いい。

今は、それで、いい」


夕焼けが、二人の肩の線をゆっくり溶かしていった。


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