中也と太宰は歩道を歩いていた。まだ朝だったが、車も通り、人も多かった。
傍から見れば「兄弟」。
そう思わせるだろう。皆温かい目で二人を見ていた。
然し中也は別の事に神経を注いでいた。
太宰を狙う敵の組織が近くに居ないか───詰まり普通の護衛を中也はしていた。
「…中也」
太宰が中也の名を呼び、顔を少し向けて足を止めた。
其処には、昨日中也が幼児化した太宰を発見した場所だった。
「此処は昨日の……」
中也がそう呟いていると、太宰は植え込みの方へと近付いた。
中に手を突っ込み、音を立てて何かを探す。中也は太宰にできるだけ近付いた。
本来なら五米は離れている。
然し態と中也は近付いた。
傍から見れば弟が植え込みの木で遊び、それを注意する兄のように見えるだろう。
変わらず太宰は植え込みの中を漁る。
にやりと太宰の口元に笑みが浮かんだ。
「あった」そう云って太宰は、ファスナー付きのプラスチックバッグに注射器を入れる。
「じゃあ首領ンとこ行くぞ」
それを太宰が懐に入れたのを確認した中也は、そう云って歩き出す。
「中也ー」
太宰は植え込みの前にしゃがみ込んだ儘、中也の名を呼んだ。
「何だよ」顔を太宰の方に向ける。
「私もう歩き疲れたー!おぶってー!!」太宰はぺたっと地面に座り込んで叫んだ。
「はァ…!?」
「無理ー!もう疲れたー!!」太宰は手足をばたばたさせる。
「何甘えた事云ってンだ!手前が歩いてくっつったンだろ!!疾く来い!」
中也は太宰に背を向け歩き出す。太宰は眉をひそめた。
すると何かいい事を思いついたような表情をした後、薄く笑みを浮かべた。
そして、
「うわぁぁん!お兄ちゃんに置いてかれるぅ〜!」
「なっ…!」太宰の泣き声が響いた瞬間、中也は血相を変えて太宰の方を向く。
其れを見た人達が、ザワザワと小声で騒ぎ出した。
「まぁ…弟さんを置いて…?」「兄弟喧嘩かしら……」「可哀想にねぇ……」
「ぐっ……」中也の耳に入り、チクチクと棘を指す。
太宰はというと、周りの人達に顔が見られないよう、泣いているように手をかざしていた。
「……ベー」
真正面にいる中也にだけ判るよう、右手に目薬を隠しながら、太宰は悪戯っ子のように舌を出した。
「~~…手ッ前ェ!」
結果:中也は太宰をおぶった。
***
ポートマフィアの本部ビル、その最上階に中也は居た。
“一人の子供をおぶって”、首領の部屋へと中也は廊下を進む。
其の階層には多くの警備に当たる構成員が駐留していた。
「っ!中原幹部っ……!??」
その光景を見て、警護員達は声を上げた。
刹那、中也の目が鋭くなる。
彼は悟ったのだ。この後“コレ”を見た構成員達が何を云うのか。何を思うのか。
睨まれた構成員達も同じように悟った。“云ってはならぬ”と。
構成員達は口をつぐむ。自分の命の代償に、顔にはびっしりと汗が浮き出た。
当たり前だ。
五代幹部の一人である男が、子供をおぶって出勤しているのだから。
傍から見れば弟か息子。其の光景を目撃した殆どの構成員がそう思った。
子供は帽子をかぶっていて目元が良く見えないが、その年相応のあどけない少年の表情で、気持ち良さそうに眠っていた。
構成員全員が息を呑む。
(真逆中原さんに子供が出来ておられたとは……)(そもそも相手は誰だ?)(子育て中…?)(意外だ……)
一部の構成員は、この思いを自分の墓まで持っていくと決めた。
***
「おい治、起きろ」
中也が視線を太宰の方に向けながら声をかける。
「んぅ―…?」
太宰はゆっくりと瞼を開ける。まだ眠いのか、ウトウトと首を揺らす。
それを近くで見た警護員は無表情だったが、心中は花畑だった。
「人の背中で気持ちよさそうに寝やがって…」
中也がそう云いながら、太宰を床に下ろす。
「中也が温かいからイケナイんだ」あくびをしながら云った太宰は、背筋を伸ばした。
「はァ?」
「何でもないよ」
太宰は中也の言葉を遮って、首領の執務室の扉を軽く叩く。
静かな動作で中也は帽子を取った。
「首領、失礼します」
中也そう言葉を告げ、太宰と執務室に這入る。
眼の前には執務席があり、其処の椅子にはポートマフィアの首領・森鴎外が居た。
その付近には十二歳程の少女──エリスが、床に座りながら鑞絵具(クレヨン)で絵を描いていた。
森鴎外は異能力者であり、エリスという異能生命体を生み出す事ができる。
尚、森は重度のロリコンである。これだけ云えば察する事だろう。
「お早う中也君、子連れ出勤かい?結婚したなら呼んでくれても良かったのに…」
苦笑しながら森は云う。そう、この男も勘違いしているのである。
森は、中也と一人の女性が結婚して、子供ができたと思っているのだ。
「ぁ…えっと、首領……その、結婚したらちゃんとお呼びしますが、違います…」
中也のその言葉に、森は首をかしげる。
「そうですよ、勘違いは止めてください」
少年は帽子を取り、少し頭を振ってかき上げられた髪を元に戻した。
森が目を丸くする。
『ダザイ……?』
エリスも同じように、少年を見て目を丸くした。
少年───太宰はニコッと微笑む。
少しの沈黙が走った。
「………中也君、一寸いいかな?」森は手招きをしながら中也に云う。
「あっ、はい」中也は森の方へと駆け寄った。
一呼吸おいて、森は中也に訊ねた。
『太宰君の女性関係って知ってる?』
中也に沈黙が生じる。
「はい?」
「否だからね、太宰君の女性関係…」
「其れは聞き取れましたが、如何いった意図で……」
「えっ」森が驚きの声を上げた。「太宰君が誤って女性との子供を作ってしまって、心中する為に中也君に押し付けたんじゃないの?」
「彼奴ならする時はすると思いますが、今回は違います」
即答。
正に即答である。
「え〜でも凄く太宰君に似て……」
刹那、森は何かに気付いたかのように言葉を切らした。
「えっ、若しかして君達……」森が取り出した携帯を耳に当てながら何かを云いかける。
「「其れだけは断じて無い/です!!」」
中也と太宰の声が、息ぴったしに重なった。
「良かったぁ、紅葉君に連絡せずに済む」
森は安堵混じりに微笑みながら、携帯を懐に仕舞う。
「其れって私の処刑宣告ですよね?」
真面目な顔で太宰は森に突っ込んだ。
尾崎紅葉──中也と同じ五代幹部の一人であり、『金色夜叉』という異能を持つ。
因みに中也は紅葉の教え子に当たる存在である為、いくら太宰でも中也に手を出すと斬られる。
(莫迦にする。又は弄り倒す程度ならセーフラインだよ。by大宰)
太宰自身もましてや森も、其れだけは心得ているのだ。
「でも中也君、彼は本当に太宰君なのかね?」
「まだ信じてないんですか……」太宰がため息交じりの声で、小さく呟く。
「此奴は本当にあの太宰治です、首領」
「ふむ……ならば疑問は増えるばかりだねぇ」
森が片手を掲げる。
「もし本当に君が太宰君なら、その姿になったのは人工物だ」
「えぇ、その通りです」太宰が肯定する。
「其れにしても若返り…幼児化の薬か……何とも甘美な響き──」
中也が目を丸くしながら見る一方、太宰は森の考えてる事を理解した。
「一寸太宰君!その塵を見るような目止めてよぅ!」
執務席から森が声を張って云う。
「はぁ…マジでそろそろ犯罪者予備軍っていうか犯罪者卒業して欲しい…………与謝野さんなんてもう立派な女性なのに。ていうかエリス嬢で我慢できないの云々かんぬん…」
「治。気持ちは判るが抑えろ」
「抑えてるよ」
「二人共、ばりばり聞こえてるからね?」
***
「それじゃあ本題に戻ろう」森が静かにそう告げる。
中也は頷き、太宰に至ってはやっとか…という呆れ顔をした。
「先に私からいくつか質問をさせてもらう」
森の言葉に太宰は頷く。
「先程疑問が増えるばかりだと私は云ったが、正にその通りだ」
森の瞳に鋭い光が宿る。それは中也と太宰を射抜き、ピリついた空気に足を運ばせた。
「太宰君が此処に来る事に、私は福沢殿から何一つ連絡を貰っていない。となると、太宰君が幼児化した理由に探偵社は絡んでいない事になる」
太宰は静かに「はい」と森に肯定する。
「という事は残すは一つ、中也君だ」
その言葉に、今度は中也が「はい」と返事をした。
「とは云え、太宰君が中也君と態々一緒に私の所へ来たのならば、太宰君に何か予想外が起きた」
太宰の眉がぴくりと動く。
「その通りです」そう云った太宰は中也の手を握った。
中也は舌打ちの代わりに眉間にシワを寄せ、太宰の手を握りかえす。
「───重力操作」
鈍い音が響くと、太宰と中也の躰を赤黒いラインが包み込んだ。
「……これは」森が目を丸くする。
森の瞳には、宙に浮かぶ太宰が映っていた。
「このように、薬のもう一つの特性によって、私は一時的に異能が使えなくなっています」
太宰が床に足をつく。
「なる程…」森は考えながら云った後、薄い笑みを浮かべる。
それに気付いた太宰は、一瞬顔を歪ませた。
「ではもう一つ────」
含みのある口調で、森は云った。
「何故君はそんなに“焦っている”のだね、太宰君?」
太宰に沈黙が生じる。中也も、目を見張りながら太宰を見た。
森が続ける。
「君の事だ、犯人の目星も大凡は付いているのだろう。それでも尚、此処に来た理由……」
中也は驚いていた。
此処に来た理由は、幼児化だけでは無く異能を一時的に無効化する薬だったから。そう太宰に伝えられていた。
然し如何いう事だろうか。森の発言はまるで、もう一つの何か理由があるように思わせる。
詰まり、太宰はまだ中也達に隠している事があるのだ。
「ねぇ…太宰君。若しかして君……」
『記憶すらも幼児の状態にもってしまうのかね?』
「な……」
中也が驚きの声を上げる。
「…………」森は涼しい顔で太宰の返事を待った。
「────貴方の云う通りです、首領」
太宰は自分の胸元に触れる。其処は太宰の心臓部位に当たる場所であった。
「今は薬の循環をできるだけ送らせていますが、私の躰と脳は着実に過去に戻されています」
「それで私の所に来た訳かい?」
「はい」
「……ふむ、佳いだろう」
森が執務席から立ち上がった。
「出来るだけ早目に解毒薬ができるよう梶井君に頼もう。取り敢えず君の血液を摂取させてもらいたい、佳いかね?」
「えぇ…勿論。その為に注射器を態々隠して、回収してきたのですから…」
太宰が森の元へ歩き出す。
────プルルルルル
刹那、太宰の懐から電子音が響いた。
携帯の着信音だった。
「………」太宰は携帯を開く。そして目を丸くした。
「誰からだね?」
森の言葉に、太宰はにやりと笑みを浮かべる。
そして云った。
「世界一の異能力者であり」
「探偵社随一の推理力を持つ────」
「名探偵からです」
コメント
9件
貴方様が神でしょうか...?? 中也と太宰さんの絡みが好きだし、お話の展開が読めなくて、本当ッッに面白いです!!こんな神作品に出会えた事を誇りに思います!!ありがとうございます!!、フォロー失礼します!!
ふひおおおおお好きだ…
ちょっとコメディなところがあって 面白いし、展開が最高すぎる!