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朝食を終えると、
セリーヌは立ち上がり
やさしく微笑んだ。
「少し、気分転換しましょう。
こっちへいらして」
イチは
促されるまま静かに席を立つ。
そのままセリーヌについて
廊下を歩いていった。
ヴァルドレイダド邸は
磨かれた大理石と
重厚な木材が織りなす
静謐な空間。
季節の花が
壺に生けられ、
絵画が壁に飾られている。
イチは
それらを眺めるわけでもなく
ただ、歩いた。
セリーヌの部屋は
淡い色の布が揺れる
気品に満ちた部屋だった。
「入って。
ここは、とても落ち着くの」
部屋に入ると
すぐにメイドたちが集まってきた。
セリーヌは
柔らかな声で指示を飛ばす。
「この子に合いそうな服を。
淡い色がいいわ。
髪も整えてあげて」
イチは
何も言わない。
ただその場に立っている。
少しして
メイドのひとりが
そっと手を取り、
立ち位置を整えた。
まるで
仮縫いに入る前の
マネキンのように。
紐が解かれ、
布が滑り、
肌に柔らかい布が触れる。
イチは
驚きもしない。
表情は変わらず
ただされるがまま。
着替えが終わると
今度は
別のメイドが
髪を梳かし始める。
陽の光を受けた
淡い桜銀の髪は
繊細な色を混ぜながら
さらりと流れる。
「きれいな髪……」
メイドが
思わず零す。
セリーヌは
微笑みながら
その様子を眺めている。
「人形みたいね。
可愛いわ」
イチは
ただ、瞬きを一度。
褒められていることも
着飾られていることも
理解しているのか
していないのか――
どちらにも見える
不思議な静けさ。
メイドたちの手は
慣れた動きで
彼女を美しく整えていく。
レースの襟、
淡いドレス、
小さな靴。
どれも
イチの華奢な身体によく似合う。
仕上げに
白いリボンを髪に添える。
結ばれても
イチは瞬きもしない。
ただ
そこに立ち続ける。
セリーヌは
その完成した姿に
目を細めた。
「ほら、
とっても可愛いでしょう?」
イチは
何の反応も見せない。
ただ――
ほんの微かに
肩の力が抜けた。
拒絶も、
迷いもない。
されるがままを
受け入れることに
慣れてしまっているように。
セリーヌは
その小さな変化を
嬉しく思い
微笑んだ。
「あなたが望むなら
いつでも来ていいのよ」
返事はない。
それでも
セリーヌは
少女の手を取った。
その手は
冷たく、
軽かった。