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昼下がり。
窓から入る柔らかな光が
白いティーカップを照らしている。
小さな丸テーブルを囲み、
イチとセリーヌは
穏やかに座っていた。
花の香りをうつした
薄桃色の茶が
ふわりと湯気を立てる。
セリーヌは
優しい声で話し続け、
イチは無言のまま
耳で静かに受け止めていた。
――そのとき。
屋敷の扉が
低く沈む音を立てて開いた。
「ただいま戻った」
声はくぐもって、
廊下に長く尾を引く。
セリーヌが
そっと席を立つ。
「ルシアン? エリアスも?」
廊下を渡る足音が近づき、
重い扉が開いた。
最初に姿を見せたのは
ルシアン。
その視線は
直線のように
イチへ向けられる。
そして――
彼は
目を見張った。
朝見送ったときとは
まるで違う少女がそこにいた。
淡い色のドレス。
梳かれた桜銀の髪。
白いリボン。
柔らかく飾られた小さな姿が
静かに座っている。
驚きと――
安堵が、
同時に胸に宿る。
「……よかった」
その一言は
吐息のように
こぼれ落ちた。
イチは
わずかに瞬きをして
ルシアンを見つめる。
その目に
感情は浮かばない。
けれど――
体の力が
ひどく自然に抜けた。
(……帰ってきた)
その事実だけが
胸の奥で
温かく膨らんだ。
森へ行ったら
戻らないのでは――
理解できないほど
小さくて
曖昧な不安が
確かにあった。
だから
ただ、
安堵した。
言葉もなく
ただ見つめる。
それだけで、
十分すぎるほど
伝わってしまう。
そんな二人を後ろに、
エリアスが静かに部屋へ入った。
「セリーヌ。
報告がある」
彼の声は
落ち着いて冷静だが
奥に固い影を落としている。
「……エリオットの家に
日記が残っていた」
セリーヌの表情が強張る。
エリアスは
淡々と言葉を続けた。
「それと――
事件のあった夜、
帝国兵が森に入ったところを
住人の一人が目撃している」
セリーヌは
息を呑む。
「帝国兵……?
どうしてそんな……」
ルシアンが
静かに口を開いた。
「エリオットの死は……
野生の獣の仕業に見せかけられていた。
……抵抗した形跡は、なかった」
その言葉に
しん、と
部屋の空気が沈む。
イチは
ただ静かに
二人の声を聞いていた。
内容を理解しているのか
いないのか――
判別はできない。
だが
その小さな肩は
ほんの少しだけ
震えたように見えた。
セリーヌは
少女の肩に手を添えた。
「今日はもう、大丈夫よ。
ゆっくり休みましょう」
イチは
こくり、と
小さく頷く。
それは
感情のない動きだったが、
どこか
安心の影が宿っていた。