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「……私、ですか」
突然、部長に会議室へと呼び出されたと思えば、それはあるチームへの勧誘だった。
「あぁ、補佐で構わないから。これがその計画書」
差し出された書類を受け取り、一通り目を通す。
簡単に見ただけでもわかる。大掛かりで手の込んだ事業。
……それになぜ、事務課の私が携わろうとしているんだ?
「あと」些か疑念を抱いていれば、部屋を出ようとしていた部長が振り向いた。
「今日の11時から会議があるから、出てくれ」
……ということは、
『勧誘』ではなく『強制加入』じゃないの?
「かしこまりました」
だけど反論は全て押し込めて頷く。
事務課のオフィスに戻ると「穂波さん、営業に回るんですか?」と、橘さんはこっそりと尋ねてくるので、既にその情報は出回ってるのだろう。
古巣に一時的に出戻りするのは珍しくはない。だけど、割りと忙しいこの時期に何故……。
「因みにそのチーム、眞鍋さんも居るらしいですよ」
「…………そうなんですね」
少しの疑問も、その名前を聞けば納得だ。
|眞鍋《まなべ》|美子《みこ》社長の娘で、彼女こそ多大な忖度を受けてこの会社に入社した女性だ。
新人研修も彼女だけ免除だし教育係は総務部長がしていたし、手厚い対応を受けているのに仕事の能力は…………悲惨。
四年在籍した営業から事務課へ異動したのも彼女の尻拭いのようなもの。代わりに眞鍋さんが営業課へ異動になったのだ。
それがようやく落ち着いたと言うのに、また彼女のお目付け役と言うことだろう。
準備されていた書類を持ち出して、言われた通り少し前に会議室へ向かいテーブルに書類とペットボトルのお茶を並べる。
……営業部長は確か、緑茶じゃなくて……
錚々たるメンバーなので、並べるお茶すら気を遣いながらセッティングしていると、ふと、それに気付く。
……企画の、本間って……旺くん?
この場に現れるであろう名前を指でなぞり、改めてメンバーを確認した。更に下へ向かえば
………て、…と、常葉くんも……?
漸く私はそれに気付いた。
時間が近付くと、俄に賑わいをみせる狭い会議室。「お疲れ様です」と、何気ない挨拶と共に本当に旺くんと常葉くんがやってきた(しかもセットで)。
こっちはこんなシチュエーション、6年目にして初めてだから気が気じゃないって言うのに、彼らは何食わぬ顔で会話をしながら席に着いた。
変に意識しているこちらが馬鹿な気がしてきた。
特に常葉くんなんて、全ての事情を把握しているのに素知らぬ顔でタブレット端末を触っている。
少しくらい、言ってくれても良かったのに。
椅子に腰掛けて頬杖をつく彼をじっとりと見ていれば、タレ目がちな瞳が見上げるから慌てて視線を逸らした。
「……座らないんですか」
「へ、」
しかし彼は私にそんな言葉をかけるので、目をパチリと瞬きした。
「私は補佐ですので、用意されてませんよ」
当然のような説明を告げれば、何故か常葉くんは立ち上がって「どうぞ」と席を空けた。
「だから、」
「先輩を立たせる訳にはいかないです」
なに食わぬ説明をすると、それとも、と、耳に顔を寄せるので、朝嗅いだばかりの爽やかな甘さのシャボンの香りがふわりと香る。
「元彼の隣じゃ気まずいですか」
意地悪な言い分に、気づかれない程度に眉根を寄せる。
「そ、そんな訳ありません。ありがとうございます」
短くそう告げると、素早く移動した。
「失礼します」
「どうも」
小さく声をかけて旺くんの隣に座れば久しぶりにオリエンタルノートの香りが過ぎる。
平常心、平常心。
右半身はあまり動かさないように意識を集中させていると、漸く部長たちが現れるので徐に会議が始まった。
何故か部長たちと一緒に、眞鍋さんもやって来たけれど当然のことなのだろうか、誰も何も言わない。
部長が次の企画のコンセプトだとか、チームリーダーを紹介されて頭にその内容を叩き込む。
「今回は社長のご厚意で、眞鍋さんも参加されるから、皆んなサポート宜しくな」
「宜しくお願い致します」
乾いた拍手で迎えられる女性はにこやかに笑った。
「穂波」と会議が終わった頃、部長に声を掛けられて足を止めた。
「眞鍋のサポート、頼むな、社長から言われているんだ。経験を積ませたいって」
「……かしこまりました。善処します」
やはり私の仕事は、未だに椅子に座って爪を眺めている彼女の補佐一択だ。
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#ワンナイトラブ